ジプシー/ロマ/ロマニ呼称問題の簡単な整理

歴史的にジプシーと呼ばれてきた人々の呼称を巡っては様々な議論がある。

承前:「「ジプシー 歴史・社会・文化」水谷 驍 著」で簡単な歴史的背景はまとめてあるので前提として参照いただけると。

1)「ジプシー」系

「ジプシー」は十五世紀にヨーロッパに彼らが登場して以降「エジプト人(エジプシャン)」と呼ばれるようになり、それが変化したものである。「ジプシー系」の呼称としては、ジプシー(イギリス)、ジタン(フランス)、ヒターノ(スペイン)、エギフト(ギリシア)、イェフギット(アルバニア)などがある。何故エジプト人と呼ばれるようになったのか、自身がエジプトから来たと名乗ったとも、「エジプト人」が東方・南方の異国の人全般を指していたからとも、放浪の人全般をエジプト人と呼んでいたからとも言われるが、はっきりしない。

「ジプシー」という語そのものに差別的ニュアンスが全くない無いとは言いきれないものの、一方で差別語であると断言するのも乱暴にすぎる。「ジプシー系」の表現で呼ばれることをアイデンティティとしているスペインのヒターノのような集団もあり、単純に「ジプシー」という呼称を否定することはできない。しかし、歴史的にジプシー差別が定着する過程で様々な否定的・侮蔑的な意味が付与されてきたため、ジプシーと呼ばれることを好まない人々は多い。

2)「ツィゴイナー/ツィガン」系

「ツィゴイナー/ツィガン」系の呼称はギリシア語で異端宗派アティンガネスないしアフィンガノスを語源とするアツィンカニが訛ったもので、大陸諸国で多く見られ、もともと不可触賤民を意味していたという。ゆえに、当初から差別的な意味を強く持っていた。さらに、ナチス・ドイツ政権下で二五万~五〇万人が犠牲となった絶滅政策(ロマニ語でポライモス)の記憶と結びついており、この呼称は強烈な忌避感とともに拒絶されている。

「ツィゴイナー/ツィガン」系の代表的な呼称としてツィゴイナー(ドイツ)、ジガン(フランス)、ツィガン(ポーランド、ロシア)、ツィガニ(ブルガリア)、チガニ(ルーマニア)、ツィガニョーク(ハンガリー)、チゴーナイ(リトアニア)、シガーノ(ポルトガル)など。

3)「トラヴェラー(移動生活者)」

「ジプシー」「ツィゴイナー/ツィガン」系の呼称に変わってポリティカル・コレクトネスの観点からの言い換えとして「移動生活者」という語がある。英語では「トラヴェラー」、フランスでは「ジャン・ド・ヴォワイヤージュ」、ドイツでは「ラントファーラー」など。またドイツではドイツ語で「頻繁に変わる原住地」という意味の頭文字を取った「HWAO」、ユーゴスラヴィアのコソヴォでは同地のジプシー系住民ロマ、アシュカリ、およびエジプト人と呼ばれる人々のそれぞれの頭文字を取って「RAE」と呼ばれる。価値中立的ではあるが、ポリティカル・コレクトネスな言い換え語によく見られるように、当事者のアイデンティティを反映したものではないし、また個別の文化や生活習慣、言語などのジプシーと呼ばれた人々固有の特徴も切り捨てられてしまっている。

4)「ロマ」

近年では「ジプシー」の言い換え語として「ロマ」が使われることが多い。

「ロマ」は元々ロマニ語で「男、人間、夫」を意味し、ルーマニアのヴラフ系ロマのあいだで自集団の総称的呼称としての意味を持つようになった言葉である。基本的に、このヴラフ系ロマ以外ではロマは「男、人間、夫」を意味するにとどまり、総称として使われることはなかった。しかし第二次世界大戦後の世界的な民族自決運動の盛り上がりに呼応して、差別と抑圧の是正を目指す国際的なジプシー組織の運動が興隆、1971年、国際ジプシー委員会(1965年設立)が中心となって第一回世界ロマ会議が開かれ、そこで呼称を「ロマ」とすることが決議された。1977年、国際ジプシー委員会に変わって国際ロマ連盟が世界ロマ会議の中心組織となり、1979年、国連社会経済委員会の専門委員に選出されるなど、ロビー活動を展開して「ロマ」という呼称の浸透を図った。

しかし、国際ロマ連盟と世界ロマ会議については非民主的な組織で一部の意見しか反映していないという批判も根強く、シンティ・ロマ中央委員会など多くの有力団体が国際ロマ連盟から距離を置いている。

また「ロマ」という総称についても同じジプシー諸団体の間で批判が多い。特に「ロマ」とは別に自集団をあらわす総称を持っている集団は各々ロマではなくまずは自集団の呼称を使うことを優先する。例としてドイツのシンティ、フランスのマヌーシュ、イギリスのロマニチャル、スペインのヒターノ、フィンランドのカーロなど。

『「ロマ」を包括的総称として使うとすれば、みずからこの呼称を使おうとしない集団をもその意に反してそこに含めてしまうことになる。くわえて、全体を指す広義の「ロマ」と特定の集団を指す狭義のロマが併存してしまうという問題も生じる。』(水谷P40)

国際的な活動によって「ジプシー」の言い換え語として「ロマ」が浸透したが、国際的認知度は高くとも必ずしもコンセンサスが取れた呼称ではない。原則的にそれぞれの諸集団のアイデンティティに沿った呼称で呼ぶべきという意見の反面、総称としての呼称もまた必要で、その総称として、一部の集団の呼称に過ぎない「ロマ」を拡大して総称とすることの是非は議論が続いている。

ただし、メディアはそのような議論や当事者のアイデンティティとは無関係に、ロマを国際組織で決議された価値中立的な言葉と捉えて機械的に「ジプシー」を「ロマ」に言い換えて使用しているため、このままロマが浸透していく可能性が高そうではある。

5)「ロマニ」

「ロマ」に変わって「ロマニ」を提唱しているのが米国の研究者で英国のロマニチャル出身のイアン・ハンコックである。ハンコックは上記で説明したように名詞「ロマ」(単数形Rom/複数形Roma)が一部の集団を除いて自集団を総称的に指す言葉ではなく、コンセンサスが取れていないこと指摘した上でこう書いている。

『そのいっぽうで、形容詞としてのロマニRomani/Romanyは、すべての集団によって使われている。シント(シンティの単数形)にせよロマニチャルにせよ、自分がロマニの人間であること、ロマニの言葉を使うこと、ロマニの文化を維持していることを認めている。そこで、形容詞形をその集団を指す名詞として使うというヨーロッパの一般的慣行に従って、ロマニという形容詞で限定される集団を指してロマニRomani(複数はロマニーズRomanies)と呼んでよい』(ハンコックP307)

現状英国と米国議会でこの呼称が採用され始めているという。

「ロマニ」については日本語翻訳の問題が「ジプシー差別の歴史と構造」の翻訳者である水谷によって指摘されている。

『英語では、名詞と形容詞では語形が異なるのがふつうである(例えば、America-American,France-French,Hungary-Hungarian等々、Rom-Romaniも同じである)。これを日本語に移すときは、ふつうは名詞形を使って、これに「人」あるいは「語」をつける。すなわち、アメリカ人、フランス語、ハンガリー人などである(日本語では、それぞれの国民や言語を指してアメリカン、フレンチ、ハンガリアンなどと言うことはない)。同じ原則をRom/Roma-Romaniにも適用すれば、日本語表記はロム人ないしロマ人となるはずである。』(P308)

こうなると、ロマとロマニの言い換えが重要な意味を持つこの呼称問題が日本語で消失してしまうため、水谷は『英語表現の日本語表記方法としてはルール違反』(P308)という前置きの上で「ロマニ」と表記する旨断っている。

ただし、この意見もロマニ語の使用が前提となっており、例えばアイルランド・スコットランドのティンカー、フランス・ドイツ・スイスのイェニッシュ、スペインのキンキ、オランダのヴーンヴァーゲンヴォーナーなどロマニ語を使わないがジプシーと呼称されてきた移動生活者集団の存在が問題となる。

ハンコックの「ロマニ」提唱の背景として、彼が「ロマニ」をインド起源の単一民族であると捉えている点がある。インド起源説は十八世紀にグレルマンらによって唱えられ、要するにジプシーがインドの不可触賤民であるシュードラ出身であることを言語的特徴の類似からのみで推測した説で長くジプシー差別を促進する学問的土台となった。ハンコックの説はそれを反転させて、むしろインド起源の単一民族「ロマニ」とすることでロマニ全体の地位向上や団結を目指す戦略的意図があるとされる。

現状インド起源説には疑問が多く呈されており、定説の地位は大きく揺らいでいる。インドからハンガリーなど東欧諸国を通って欧州へとたどり着いたとするインド起源説に対し、近代国民国家誕生の過程で包摂されなかった周縁的な人々がまとめてジプシーと呼称され差別的立場に追いやられたとする社会構成的な学説も有力で、議論が大いにある。

呼称問題の背景として、ジプシー/ロマ/ロマニの運動が直面する戦略をめぐる対立があるという。

『ひと言で要約すれば、世界じゅうに広がる「単一民族」としての側面を重視するか、数世紀にわたって定着してきたそれぞれの国の「少数民族」としての側面を重視するかである。これは当然、そもそもジプシーと呼ばれる人びとをどのような人間集団と考えるかという根本的な問題につながる。実践的には、ヨーロッパ統合によって新たに流入してくるジプシー移民集団にどのように対処するか、という切実な問題に直結する。』(P153)

彼らを何と呼ぶか、特にメディアは彼らについてのニュースを報じるときに機械的にジプシー→ロマとするのではなく、このような背景を踏まえて、何と呼ぶのが適切なのかを判断する必要がある。そして、いずれの呼称であっても差別性を内包していたり、アイデンティティとの乖離であったり、様々な問題や議論があり、どれを選ぶのかの判断基準も正解も存在せず、その呼称を選ぶことで、その判断に対して必ず何らかの反論やリスクを生むことになる。

差別的ニュアンスが強く当事者からの拒否感も少なくないが歴史的に使われてきて、かつ最も包括的な範囲を含む「ジプシー」か、言い換え語として利用頻度が高く認知度も増してきているが、コンセンサスが取れておらず、ともすれば少数派のアイデンティティを無視することになる「ロマ」か、当事者のコンセンサスは「ロマ」より取れやすいが一般的とは言い難く、またともすれば単一民族説を強化する可能性もある「ロマニ」か、の三つが総称としての候補になるだろうか。また、必ずしも総称で呼ぶ必要が無い場合にはロマニチャルなりシンティなりシターノなり、個別の集団のアイデンティティに沿った呼称で呼ぶというのが適切だろう。

しかし、ニュースではどうしてもロマで統一されているため、個人レベルで該当ニュースの関係者の個別集団の呼称まで調べるのは日本からでは実際問題難しい。不可能と言ってもいい。先日のフランスのニュースでも、「ロマ」とされた少女が本当にロマだったのか?は気になっているが、可能な範囲で調べてみても全くわからなかった。

以上、一応の整理として、簡単にまとめておく。僕個人として、ブログなどに書くときに総称を何と呼ぶべきか、まだ考えあぐねているのでもう少しよく調べたい。様々な問題を踏まえた上でどれかに統一するか、ジプシー/ロマ/ロマニなどと併記するのがいいか、それともジプシー(ロマニ)などというようカッコ書きにするか、色々文脈に応じて例えば歴史的な文脈であればジプシー、現在のニュース等ならロマ・ロマニを使い分けるのが妥当か、あるいは「歴史的にジプシーと呼ばれてきた人々」など長ったらしい説明的な表現にするか、呼称を巡る政治的・歴史的背景を踏まえると非常に難しい問題だ。

参考書籍
ジプシー 歴史・社会・文化 (平凡社新書)
ジプシー差別の歴史と構造―パーリア・シンドローム

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