「古代オリエントの宗教」青木 健 著

タイトルからだとキリスト教以前の古代オリエントの諸宗教についての解説と思うかもしれないが、そうではなく、古代オリエントの諸宗教が二~三世紀以降のキリスト教の拡大に対して、聖書ストーリーの受容とアナザーストーリー・サブストーリーの展開という切り口でどのように変化していったかを概観した本。

取りあげられるのは、一世紀後半から二世紀にかけて登場したメソポタミアのグノーシス主義宗教のひとつマンダ教、三世紀に同じくメソポタミア南部で登場し西アジアから地中海、ローマ帝国まで広がったマーニー教(マニ教)、四~五世紀にアルメニアで誕生しローマ帝国で熱心に信仰されたミトラ信仰、そして、ペルシア帝国の国教ゾロアスター教については三~八世紀の一神教的なゾロアスター教ズルヴァーン主義時代と九~十三世紀の二元論的ゾロアスター教時代との二期に分けてその変容が描かれ、八世紀~十世紀にかけて登場するイスラームのグノーシス主義的解釈となったシーア派のイスマーイール派がグノーシス主義から新プラトン主義的解釈へと変わる過程を経て、十三世紀にこれら古代オリエントの諸宗教がスンナ派イスラームの確立の過程でことごとく力を失い消え去っていく、その様子である。

本書で挙げられている諸宗教については、イスラームについて基本的な理解があった以外は、グノーシス主義諸派にしても、ゾロアスター教にしても詳しいことは知らなかったので、とても興味深かった。キリスト教とイスラームとが確立されていく過程でそれに対抗した諸宗教のイマジネーションの豊饒さには舌を巻く。聖書はなぜこれほどまでにインパクトを与えたのだろうか。

特にマンダ教については初めてその存在を知ったのだが、こういってはなんだが、教義や神話がとてもアニメ的というか中二病的で面白い。

マンダ教は「新約聖書」の成立以前、一世紀後半に「旧約聖書」に対して異議を唱えたヨルダン川隆起のユダヤ教徒の集団がパレスティナを追われ、二世紀頃にイラン高原のパルティア王国の庇護下で同地に定着した宗教だとされる。「旧約聖書」の否定をアイデンティティとし、グノーシス主義的二項対立神話の強い影響を受けている。

マンダ教の宇宙論では原初は「偉大なる生命(ハイイェー・ルベー)」を中心とした「光の世界」と「闇の主アドナーイ」を中心として女悪魔ルーハー、七惑星、黄道十二宮と無数の怪物たちが属していた「闇の世界」が対立していた。やがて「偉大なる生命」からヨーシャミーン、アバトゥル、プタヒルの三柱の神が誕生する。或るとき、光の世界の最下層の神「プタヒル」は自分が造物主と錯覚、女悪魔ルーハー、七惑星、黄道十二宮の助けを借りて「この世界」と最初の人間アダムを創造した。

結果、『アダムは、悪なる物質と光の霊魂の二重性を帯びた存在』(P45)として目覚め、『光と闇が交錯する地点で人間意識を得て、この世界に誕生』(P45)した。人間は禁断の林檎を食べたから原罪を負ったのではなく、偽りの造物主の錯覚で作られた最初から呪われた存在と位置づけられる。そして、偽りの造物主プタヒルは最高存在「偉大なる生命」からの罰で光の世界に帰還できなくなる。ゆえにプタヒルは崇拝するに能わず、プタヒル=ヤハウェを崇拝する「旧約聖書」は否定され、詐欺師モーセも偽救世主イエスも闇の主アドナーイの手先に過ぎない、とされる。

マンダ教徒は「叡智(マンダー)」に覚醒した者たちで、ユダヤ教徒やキリスト教徒など闇の世界の手先に騙されている覚醒しない「迷える子羊」とは一線を画していると位置づけられる。マンダ教徒の霊魂は聖なる川(最初はヨルダン川だが、やがてメソポタミア南部に移住してチグリフ・ユーフラテス川が聖なる川とされる)での洗礼儀式を繰り返すことで、死後アバトゥルの下に辿り着き、彼の審判を経て光の世界へと迎えられる。この個々人の終末の先に、「終末の日」が訪れ、エノシュ(アダムとエバの第三子セツの子)と「生命の叡智」がエルサレムに出現、偽救世主イエスの欺瞞を暴露して倒し、世界が浄化される。

光と闇の対立、「偉大なる生命」、偽りの造物主、呪われた存在としての人間、叡智に覚醒した選ばれた我々、闇の眷属による陰謀、終末論的教義、偽救世主、エトセトラエトセトラで非常に興味深い。プタヒルはエジプト神話の職人神であったり登場人物の多くは聖書やエジプト神話などからの拝借なのだそうだ。

マンダ教は二項対立的な宇宙観とあわせてユダヤ教からの排除やその後の流浪など様々な困難から、そもそもの母体であるユダヤ教の否定をアイデンティティとして非常に悲観的な現世認識を形成したようで、そのあたりが現代社会で、若干人間関係から距離を置いて現世否定的かつ自己肯定を余儀なくされて無謬感をこじらせた感じの思春期の子供たちが創造する中二病というか邪鬼眼系のファンタジーに通じるところなのかもしれない、などと想像をたくましくしつつ、とても面白いなーと思いながら読んでいた。大好物ですよこういう世界観。

この本で描かれるような古代オリエントの諸宗教については、特にゾロアスター教とミトラ信仰に興味があるが、より深く理解していきたいとも思うので、この本は参考文献リストをブックガイドとしても使わせてもらおうと思う。一応メモとして今後読みたい本をリストアップしておこう。

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