「ギリシャ・ローマの戦争 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」ハリー・サイドボトム 著

岩波の定番、一冊でわかるシリーズの一つだが、実はタイトルに反して古代ギリシャ・ローマの戦争は一冊でわからない。むしろ、この本を読む前に古代ギリシャ・ローマの戦争についての一般的な解説書(例えば「戦争の世界史」「ヨーロッパ史における戦争」あたり)を読んでおくと良いと思う。というのも、翻訳者が解説でも説明しているが、本書が目指しているのは、『従来的な軍事史の叙述ではなく、古代ギリシャ・ローマの「戦争の文化史」もしくは「戦争の社会史」の提示である』(P166)。つまり、ギリシャ・ローマの戦争についてその概要をコンパクトにまとめた概説書といったものではなく、別の切り口だ。

その切り口とは、古代ギリシャ・ローマの戦争について、西洋史上語り継がれ、「実体」として信じられてきた,古代ギリシャ以来、「戦争の西洋的流儀(Western Way of War)」が確立され現代まで脈々と西洋の戦争を特徴づけている、とする説への批判である。

「戦争の西洋的流儀」とは何か。

『敵の全滅を目指して、正面から決戦を挑もうと欲することであり、理想的には重装歩兵による白兵戦の形で行われる。勝敗を決するものは、鍛錬によってある程度陶冶される勇敢さである。それは、しばしば戦士が政治的自由を持った土地所有者であること、いわゆる「市民兵制度」(すなわち「ポリス市民団=戦士集団」の体制)と結び付いている。この「戦争の西洋的流儀」はギリシャ人によって生み出されたもので、ローマ人によって受け継がれ、西欧中世を生き永らえ、ルネサンス期に再び開花し、それ以降近代西欧へと直接伝わっていった』(まえがきiv)

この「戦争の西洋的流儀」という”古代から続く市民皆兵制度に基づいた政治的自由を理念とした勇敢な戦士による正面決戦の伝統”は、実はその時々で信じられた「イデオロギー」に過ぎず、古代から現代まで「実体」としては存在してこなかったことが本書で論じられる。

164ページほどの小論だが、その批判は多岐にわたる。ギリシャ・ローマの戦士は常に正々堂々正面決戦を行ったか?むしろギリシャにとってはペルシア人、ローマにとってはゲルマン人など敵の叙述を殊更に卑怯で野蛮なものとして描き、その対置としてギリシャ・ローマ側を正々堂々としたものと描いているにすぎず、それらはあくまで文学上の叙述やローマ側将軍の記録でしかなく、考古学的調査からそれを把握することは出来ない。前八世紀末~七世紀頃の重装歩兵の登場は軍事革命だったか?重装歩兵化は二百年ほどかけてゆっくりと広がったしそれにともなう軍事や社会の変化も革命と呼べるほどのものではなかった。『前五世紀・四世紀の密着して編成されたファランクスを、それを支える軽装兵や騎兵、手の込んだ戦術と切り離して前八世紀・七世紀に投影し、それによって単純で「儀礼的」な様相の初期重装歩兵戦争を創りだしてしまったのである』(P55)などなど。

ギリシャ人がペルシアとの苛酷な戦争の過程で自由人と非自由人との戦いという構図を思い描いたことで「戦争の西洋的流儀」というイデオロギーは産まれたという。実体として『「戦争の西洋的流儀」の全要素がすべて出揃ったという時期はな』(P161)く、『長い間、「戦争の西洋的流儀」という概念を形成する諸観念のうち極めてわずかなものしか、西欧の戦争という現実の中には存在しなかった』(P161)。にも拘わらず、近世以降「戦争の西洋的流儀」の存在は繰り返し信じられることになり、時に歴史を動かすことになる。例えば十六世紀オランダのマウリッツはローマ共和政時代の市民皆兵制度を範として軍制改革を考案、やがて近代的軍隊が欧州各国で登場しフランス革命で国民による軍隊の誕生へと繋がっていく。実体としては存在しなかったがイデオロギーとしては強い影響力とともに、現代まで形を変えて繰り返し登場してきた。

「戦争の西洋的流儀」には二つの大きな陥穽があるという。一つは「自己満足」である。『「市民皆兵制度」の精神に鼓舞されたギリシャ人が決戦を求めて以来、西洋は戦争において究極的には勝利を得ていた。西洋の戦争の仕方が本質的に同じままであるとするならば、西洋はつねに勝利を得るであろう』(P163)。第二に、戦争を抑制するものが無くなる、または弱体化することである。敵の殲滅が「戦争の西洋的流儀」の本質であり、また蛮族に対する戦争を抑制する必要はない、という二項対立の構図がそのまま戦争の正当化に繋がる可能性がある。これが、必勝と正義とがアプリオリに混在する「戦争の西洋的流儀」というイデオロギーの二つの危険性である。

著者ハリー・サイドボトムが本論を著したのは2004年。この批判の矛先は「戦争の西洋的流儀」の実在を主張する歴史家たちが同時多発テロ以降のアフガニスタンやイラクへの武力行使を、歴史家の立場から熱烈に支持する論を展開していることへの批判であったらしい。解説によると、その批判の矛先として向けられる米国の軍事史家ヴィクター・ハンソンの論は以下のようなものだ。

『自由と民主主義のために自発的に従軍する市民兵士から成り、厳しい訓練や軍紀に特徴づけられる「文明的」な西洋の軍隊は、飛び道具に依存し、奇襲やゲリラ戦法を駆使して決戦回避をはかる「臆病」で「野蛮」な非西洋の軍隊とは対照的に、正々堂々とした正面からの近接戦を求め、それゆえに圧倒的な軍事的優位を保ってきた』(P171)

歴史的事実ではなくただのイデオロギーでしかない、とサイドボトムが断じるのも当然のことだと思う。こういう論を唱えて侵略戦争を鼓舞する人、古代ギリシャではデマゴーグって言うんだっけ。

あと一つ、本書で興味深い指摘として、S・L・A・マーシャルが1947年に発表した例についての批判がある。1947年、マーシャルは第二次世界大戦の前線で戦った兵士の四人に一人しか発砲しなかったという調査結果を発表した。これをゴールズワージーが古代ローマの軍隊にあてはめ、『射撃兵(弓兵、投石兵)の七五パーセントが目標を定めずにやみくもに発射し、また、同じく七五パーセントの重装歩兵が白兵戦においてわが身を守ることしか考えなかったであろう、と想定した』(P120)。

この論は日本では、多くの人がデーヴ・グロスマン著『戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)』で知ったのではないだろうか。続編『「戦争」の心理学 人間における戦闘のメカニズム』とあわせて、”四人に一人しか発砲していない”という原則は、古代から続く伝統的傾向として人類は人間同士殺し合い出来ず、それが出来るのは一握りの異常者だけ、という主張としてグロスマンの一連の著作の根幹となっているが、二冊とも読んだときから疑問の方が大きかった。少なくとも欧州において敵を「同じ人間」として認識するようになったのは近世以前ではあるまい。また、ジョージ・M・フレドリクソン「人種主義の歴史」など参考にしてもらえばいいが、人種概念の誕生自体が十九世紀以降でもある。

グロスマンの著作は、日本では名著として圧倒的評価を受けているが、個人的には、どうにも首肯出来ない叙述が多かった。グロスマンの後者の本は時期も時期だけにアフガニスタン・イラク侵攻への賛美へと話が展開するのだが、この飛躍の正体がこの「戦争の西洋的流儀」を巡る議論からグロスマンは「戦争の西洋的流儀」の実在を前提としているんだなと理解出来たので軽い言及をしてみた次第。他、グロスマンが描く戦闘下の兵士の心理についても、どうやら米国では専門家から批判があった、か、議論になっていたかしていたようなのだが、そのあたりはよくわからない。何にしろ、兵士の心理についての一般向け解説書が邦訳はグロスマンの著書しかないので、日本では深く掘り下げることは出来ないだろう。まぁ、今の軍事史についての興味は同書への疑問というか不信から発しているところも多々あるので、そこは有用だったとは思うが。

サイドボトムも『現代の統計値を短絡的に古代に適用してよいかは疑問である』(P120)『現代の戦争を研究する歴史家たちは、マーシャルの統計値には懐疑的である』(P120)として、マーシャル、ゴールズワージーの論に反駁する。

『戦闘参加の熱意に関する現代の軍事史学上の概念が古典古代世界に適用されうるか否かを探るには、次の三つのステップを踏まなければならない。古代の史料にその傍証を見出しうるか、戦闘の物質的状況は、その概念が古代世界にも「使える」ほど十分に似ているか、現代においてその現象を生じさせた基本的要因が古代においても存在したか、である。この三つの点のいずれにおいても、四人のローマ兵のうち一人しか攻撃的に戦わなかった、という想定は当てはまらないのである。』(P120-121)

この三点は現代と他の時代との類推においても非常に有用であると思うので、特筆しておきたい。

以上の通り、古代ギリシャ・ローマの戦争が一冊でわかる本ではないが、歴史論を批判的に見る見方の基本的素養が古代ギリシャ・ローマの戦争を例として学べる非常に有用な一冊になっている。ただし、岩波書店のホームページによると品切れ重版未定とのことなので、興味のある方は古書か図書館でどうぞ。

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