鎌倉由比ガ浜通りの六地蔵

鎌倉由比ガ浜通りの六地蔵

若宮大路と交差して鎌倉大仏がある長谷へと伸びる由比ガ浜通りを長谷方面へ歩くと、右手に六体の地蔵が見えてくる。現在地からすこし北に進んだ一帯はかつて刑場があり、長らく荒地となって飢渇畠(けかちばだけ)と呼ばれていた。そこで、罪人の霊を弔うために人々が地蔵を祀ったのが六地蔵の始まりだという。天明六年(1786)、雪ノ下に住んでいた俳人松尾百遊が現在地に芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」の句碑を建てたことから芭蕉の辻とも呼ばれ、後に前者の地蔵が現在地に移され、六地蔵となった。六地蔵の東側からは江戸時代の人骨が多く出土しているという。

丁度、鎌倉から鎌倉大仏へと足を延ばすときに通ることになる特徴的な地蔵たちです。


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JR横須賀線鎌倉駅徒歩7分

参考書籍

神奈川県の歴史散歩 (下) (歴史散歩 (14))
神奈川県高等学校教科研究会社会科部会歴史分科会
山川出版社
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