「ドキュメント アメリカの金権政治」軽部 謙介 著

2012年に行われたアメリカ合衆国大統領選・議会選では合計で六〇億ドル(約四八〇〇億円)もの政治資金が集められたという(参考)。小国のGDPを軽く凌駕(例えば2012年のギニアのGDPが五六億ドル(参考))するほどの選挙費用からわかるように、アメリカの政治にはとにかく金がかかる。

上記の六十億ドルが史上最高額であったように選挙のたびに増大する一方の選挙資金、様々な利益団体の利害を代表して政治家に請願を行うロビイストたちの活動、地元への利益誘導のために予算分捕り合戦に血道を上げる政治家たち、繰り返される汚職、そして飛び交う金金金・・・そんな、現代アメリカの金権政治の実情を様々な事件・資料をもとに描き出していて、とても面白い。

例えばロビイストたち、大企業・富裕層など既得権益層の代弁者としてクライアントの利益の為、ときに政治家たちに金をばらまく金権政治の腐敗の象徴として、また民主主義を機能不全に陥らせると批判されることの多い存在だ。本書でもアメリカ・インディアンの部族を食い物にし、後に露見して大物政治家たちにまで波及した悪辣なロビイストの汚職事件が取り上げられている。

莫大な選挙費用についても、企業ごとに作られて候補者たちや政党に献金を行い、主要な資金源となっているPACの存在や、莫大な費用を投じて作られる競争相手の誹謗中傷CMなどエスカレートするメディア戦略、個人献金を最大化するために講じられる精緻なインターネット戦略、大統領選後の高額献金者にたいする要職起用などの優遇策、などなど様々な例を通じて、増大する一方の政治資金の実情が描かれる。

金がかかりすぎるゆえに生じる政治の不公正がアメリカ政治を蝕んでいる様子が詳しく描かれるが、その一方で、では何故その金権政治が慢性化し、あるいはどのようなメカニズムで動いているのか、という要因分析や現状の法制度といった視点はほぼ無い。タイトルについている通りアメリカの金権政治のドキュメントであって、金権政治を生み出す社会・政治構造の分析ではない。

例えば、ロビー活動そのものを考えるなら、市民社会の自由な活動としての結社・個人の主張を政治家に届けあるいは請願を行う職業として、特に否定されるものではなく、むしろ民主主義を活性化する存在となるはずのものだ。ところが、彼らはクライアントの利益を最大化するために、政策形成過程にまで深く関与し、競争相手を蹴落とすために手段を選ばず、影響力拡大のために暗躍することで、アメリカの議会政治を機能不全に追い込みつつある。何故か。

桁外れの選挙資金には驚かされるが、では、民主主義のコストとして幾らぐらいが適正なのだろうか。いや、そこは本質的な問いではない。政治に金がかかる、としてそれは何を担保して、何を実現するために使われるのが適正なのか、そのプロセスはどのようにあるべきなのか。政治資金の増大に拍車をかけている社会構造であったり制度上の欠陥であったりは、どのようなもので、どう分析され、どう改善されるべきものなのか。あるいは、現状、どのような自浄作用が働いているのか。

例えば先日書いた記事『「選挙違反の歴史―ウラからみた日本の一〇〇年」季武 嘉也 著』で紹介した日本の例と比較してみると面白いと思う。先日の記事でも書いたように、日本の選挙制度発展史において、選挙制度に関する見方は三つの方向性があった。「選挙の純潔」「選挙の自由」「選挙の真正」である。日本は大正デモクラシー時期にしろ、戦後~昭和四十年代にしろ、金権政治がはびこったこともあって、「選挙の純潔」を目指す潮流が強く、結果として世界的にもまれに見るほど広範囲に渡る選挙の公営化が実現。公営化を通じて、様々な規制を張り巡らし「選挙の自由」を大きく制限することで「選挙の純潔」が目指されてきた。上記記事で書いている通り、近年の日本の選挙違反者数の少なさは罰則も有権者数も現代と比較にならないほど少ない選挙制度の黎明期である1890年代と同程度だ(勿論現代日本でクリーンな政治が実現されていることを意味するものでは全くない)。

これをアメリカに当てはめて考えるなら、むしろ「選挙の自由」を徹底的に追求することで、「選挙の純潔」については比較的寛容な制度設計が行われてきた。アメリカでは金権政治防止のために選挙の公営化案が出されても、大きな声にはならず否定されているそうだ。金権政治だ、議会制度の機能不全だといいつつも、お金をかければ選挙の専門家がすぐに集まり、活動に必要な政治基盤を整え、二大政党の支持を受けて比較的容易に選挙活動を行える。立候補せずとも、多くの米国民は、それこそサークル活動気分で気軽に政治活動に参加する。逆に日本の場合には、選挙の自由度が低いから、政治基盤を持つ、というのは既存政党の組織力であったり世襲的な地盤だったりに頼らざるを得ない。選挙に慣れた専門家一人集めるのにも一苦労だし、選挙に出る、あるいはボランティアなどで選挙に参加するというのすらも、多くの日本国民にとっては非常にハードルが高く感じられることだ。

単純化するなら、選挙の自由保護のコストとしての金権政治化と、クリーンで安定した選挙実現のコストとしての選挙の自由の制限、という対比であり、その両者ともに結果として必ずしも公正とは言えない、というかもろに不公正な政治プロセス・結果が至る所に出現し、政治不信が蔓延している。政治不信はアメリカの二大政党への失望からティーパーティ運動の台頭、あるいは2011年のOccupy Wall Streetなどのようなリベラル派の運動など様々な草の根の運動を呼び起こしているし、日本においても市民運動の盛り上がりは温和なものからラディカルなものまで様々に顕在化しつつある。そして、この政治不信の広がりは、日米だけでなく先進諸国に共通する現象でもある。

アメリカ政治の構造的・制度的要因を考察するための簡単な実例紹介本として有用かつとても楽しく読める一冊であるし、ここで紹介されているアメリカの金権政治の実情を、日本の行き詰まりと対比して考察し、さらに、現代政治の諸問題全体へと敷衍して考えていくきっかけにも出来るだろう。というか、この本を読んで、ではこの金権政治を生んでいる要因はなんだ?という疑問が沸かないはずがないとも思うので、現代の民主主義を考えるいい呼び水になる本なんじゃないだろうか。

参考書籍

アメリカン・デモクラシーの逆説 (岩波新書)
渡辺 靖
岩波書店
売り上げランキング: 104,165
選挙違反の歴史―ウラからみた日本の一〇〇年 (歴史文化ライブラリー)
季武 嘉也
吉川弘文館
売り上げランキング: 211,089
変貌する民主主義 (ちくま新書)
森 政稔
筑摩書房
売り上げランキング: 65,213
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