鎌倉七口の一つ「巨福呂坂切通」

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巨福呂坂洞門

巨福呂坂洞門

一方を相模湾に面し三方を山に囲まれた鎌倉では外部との交通のため、山道を行く七つの切通し(鎌倉七口)が整備されている。その中の一つが巨福呂坂切通であった。巨福呂坂切通は鶴岡八幡宮から山ノ内(北鎌倉)方面へと抜ける坂道で坂下には円応寺が、坂上には建長寺がある。朝夷奈切通とともに仁治元年(1240)頃に北条泰時によって開削された。これによって北条氏の所領である山ノ内荘と鎌倉中心部とが結ばれることとなった。

現在は元の切通と考えられている旧道の峠道は通り抜け出来ず、写真の新たに整備された落石防止の洞門を備えた新道(剣道21号線)のが伸びている。鶴岡八幡宮から建長寺、さらには北鎌倉まで散策して回るときに必ず通る道だ。

化粧坂切通:「鎌倉幕府滅亡スポットを歩く
朝夷奈切通:「見頃を迎えた鎌倉最大の梅林「十二所果樹園」と「朝夷奈切通」
名越切通:「鎌倉・逗子の境界にある死の聖域「まんだら堂やぐら群」と名越切通、猿畠の大切岸


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