「石油国家ロシア 知られざる資源強国の歴史と今後」マーシャル・I・ゴールドマン著

ソ連解体後、経済破綻し、どん底にあったはずのロシアは二十一世紀に入るや急回復して、国際政治の舞台に強国として戻ってきた。ロシアの強国ぶりは、最近次々と報じられるウクライナ情勢を見ても一目瞭然だろう。その「王の帰還」を支えているのが石油・天然ガスのエネルギー事業である。本書はそのロシアの復活を支えるエネルギー事業を中心にしてロシア経済の歴史と現状を解説した一冊である。著者マーシャル・I・ゴールドマンは本書の紹介によるとハーバード大学名誉教授で世界的なロシア経済、歴史、政治研究の第一人者とのこと。

ソ連時代も確かにエネルギー超大国の一角であり、80年代まで石油を増産し続け、85年には欧州への石油輸出パイプラインも稼働していたが、それらはソ連経済の崩壊とソ連邦解体を止められなかった。ソ連解体後の混乱は98年に極限を迎える。97年からのアジア通貨危機がロシア財政を直撃、金融危機をもたらした。外貨は底を突き、国債の償還は最早不可能で政府は事実上財政破綻し、債務不履行(90日間支払い延期)に追い込まれる。日本でも97年の山一證券破綻からの金融危機は記憶に新しい。

ところが、ここからロシアは劇的な復活を遂げる。詳しくは本書を読んでいただいて、単純化すると以下のようなことらしい。

99年~2000年にかけて東南アジアでのコモディティ価格の上昇にともなうエネルギー価格の回復で2000年には原油価格が二年前の倍になる。同時に中国とインドの急成長によって両国とも石油需要が急増、中国は2005年には石油消費の40%を、インドも消費エネルギーの三分の二を輸入に頼るようになる。エネルギー需要の急増と市場価格上昇は市場経済が導入されて間もないロシアにダイレクトに影響を与えて、偶然、98年に所得税を一律13%と減税に踏み切っていたことも追い風になって事業者たちが油田・天然ガスの探査や開発に一気に資本投下、金融危機でルーブル切り下げになっていたことも影響して、輸出が増大する。2005年にはロシアの石油生産量はサウジアラビアすら上回ったという。同時に、中東地域の慢性的な混乱とOPEC側の一方的な供給制限、輸送コストの増大などに悩むEUはエネルギー供給源の多様化が急務となり、そこで地続きで輸送距離が短く安価に輸送が可能なロシアからの輸入に踏み切った。

このエネルギー事業に牽引された劇的な経済復活の始まりの時期に幸運にもロシアの指導者となったのがプーチンで、チェチェン紛争など一連の地域紛争の勝利という軍事的成功とどん底からの劇的な復活という経済的成功の二つを功績として、彼は皇帝的な地位を盤石なものとした。彼はロシア経済を牽引するエネルギー事業を中心に「国益優先企業」という概念を打ち出して次々とオリガルヒ(新興財閥)を追放して国有化していく。その中でもガスプロム社は欧州へのエネルギー輸出を一手に担い、独占的企業として2006年には時価総額がマイクロソフトを抜いてすらいた。

かくしてロシアはエネルギー輸出大国へと変貌する。98年に1500億ドルだった対外負債は06年には730億ドルと半減し、やはり06年にはロシアの貿易黒字は1400億ドルに達し、07年には外貨準備高4200億ドルで中国、日本に次ぐ世界第三位の外貨・金保有国にまでなる。

このエネルギー事業に支えられた経済力を背景として、プーチンは国際政治でのプレゼンスの増大を図ってきた。ドイツやフランス、イタリアなどの主要国や東欧諸国を中心に国内で消費するエネルギーの大半をロシアからの輸入に頼っており、しかも、ロシアの思惑次第で一気に苦境に立たされかねない。EUは首根っこを押さえられた格好だ。また、軍事支出は毎年20~30%近い増加率で、周辺諸国を圧迫している。プーチンはユーロやドルだけが世界通貨として通用するのはおかしい、ルーブルも同じ役目を果たせるはずだとして、経済的支配力の拡大を目指す「経済帝国主義」を取り始めている。

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一方で、急激なエネルギー事業の急成長に国内産業の成長が追い付いていない。むしろ、エネルギー事業の拡大が国内産業の成長を阻害する「オランダ病」にロシアがかかっていることを著者は指摘する。「オランダ病」は海外からの天然資源需要が高まり自国通貨の価値が上昇、国内製造業が衰退していく現象で、ロシアでも同様の事態が進行しているという。

市場経済の成熟より先にエネルギー事業が一国の経済を支配することで、『国際競争力を持つ産業複合体を発展させる刺激剤となるまえに、非市場指向型の経済や恐竜のように動きの鈍い大企業を支える「救命ボート」』(P35)としてエネルギー事業が働き、同時に民主的制度の成長も阻害する。ロシアは『長年かかって築かれてきた市場経済ではとうぜんのことになっている、社会に根を下ろした商法や非公式の倫理的準則が、(中略)わずかしか存在しない』(P300)から、私有化が進むと『無法状態と混沌がつづくことになる』(P300)。その混沌を迅速に解決するために、プーチンが採っているのが主要事業の(半)国有化であり中央集権化であり独裁的な手法ということになる。エネルギー産業「だけ」しかなく、慢性的に進む「オランダ病」とそれゆえの混沌への手っ取り早い解決策ではあるのかもしれないが、一方で独裁的な手法ばかり取り続けていると市場経済も市民社会も成熟しないから、これは悪循環にうつる。

本書の印象的なエピソードとして、親プーチンで知られた元ドイツ首相ゲアハルト・シュレーダーがプーチンを「純粋な民主主義者」と持ち上げ、記者からその評価に対する感想を問われたとき、プーチンはこう答えたという。

『もちろんそうだ、絶対に……。問題はわたしのような人間がひとりしかいないこと、世界中でわたしのような種類の民主主義者がわたしだけであることだ』(P272)

資源強国ロシアが世界に及ぼす様々な影響、ロシア経済の現状と歴史、それを取り巻く様々な人々の思惑と人間ドラマ、そしてウラジーミル・プーチンという政治家の一面をうかがいしる上でとても面白く勉強になる一冊なので、ロシア情勢が日々騒がしい中、現状を知るために多くの人に一読をおすすめしたい。

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