「エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇」セス・C・カリッチマン 著

HIVは無害でエイズの原因ではなく、治療に用いる抗レトロウィルス薬こそがエイズの原因で、政府、製薬会社、科学者がその有害な薬を売るためにエイズという伝染病を作りだした――そんな、科学的根拠が全くなく、完全に否定されているはずの説が世界中に広がりつつある。その、疑似科学と陰謀論とが融合した「HIV/エイズ否認主義」はなぜ広まっているのか、その発生要因と影響の分析、主要論者の紹介、そして彼らの説に対する科学の側からの反論をまとめた一冊である。

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HIV/エイズ否認主義

HIV/エイズ否認主義の主張の主な特徴は本書によると以下の通りだ。(P17)
・自分たちだけが「HIVは無害なウィルスで病気の原因とはなりえず、抗HIV薬は毒物で、エイズを引きおこすDNAのターミネーターに他ならない」という真実を知っていると考えている。
・「巨大製薬産業と医学界が国立衛生研究所と生物医科学全般を堕落させてきた。」として、政府の陰謀を想像している。
・対抗勢力となる反否認主義の科学者を敵の共謀者と見なして攻撃する。特にHIVの発見者の一人ロバート・ギャロは諸悪の根源のように語られているという。
・自分たちに都合のいい研究成果ばかり拾い上げて現行の科学を批判し、その一方で、自分たちの研究は曲解されており、表現の自由も妨害されていると訴える。
・無責任に人を非難し中傷する。否認主義者たちはエイズ学者や医療専門家たちを、ナチス、マフィア、殺人者などと呼んでいるという。

本書では細かく「HIV/エイズ否認主義者の主張」と「科学的事実」とを対比させて解説してあるのでぜひ目を通していただきたい。

『空論にすぎないものを言葉巧みに展開し、正当な論争や根拠のある主張のように装う。このように偽りの主張をふりかざすのは、科学的合意や圧倒的な証拠に対抗する事実がほとんどないか、まったくないからだ。人々の感情に訴えて、有意義な議論から目をそらさせることはできるが、結局彼らの主張は無意味で非合理的なのだ。』(P13-14)

南アフリカの悲劇

エイズがまだ身近とはいえない(しかし、感染者は毎年着実に増加しつつある(参考:累積報告数年次推移)日本では「HIV/エイズ否認主義」運動はまだほとんど見られないが、世界ではすでに深刻な問題となりつつある。特に南アフリカ共和国では、国のトップが否認主義を信じてしまったために、多くの人々が犠牲になり、否認主義的政策から転換した今も犠牲が増え続けている。

ネルソン・マンデラの後を継いで大統領に就任したターボ・ムベキ(在任1999~2008)は、2000年、国内に蔓延しつつあったエイズに対して、HIV対策を訴える科学者たちの意見を退け、HIVをエイズの原因とするのは白人や製薬会社の陰謀で、貧困こそが原因であるとして「HIV/エイズ否認主義」を採り、自身のエイズ諮問委員会に否認論者を多数招き、同じく否認論者である人物を保険相に任じて、抗レトロウィルス薬の使用を禁じた。その結果、2000年代に同国のHIV感染者は激増し、『一日にほぼ八〇〇人がエイズで亡くなり、一〇〇〇人が新たにHIVに感染している。』(P218)。また、2013年時点で『人口5000万人のうち600万人がHIVに感染』(AFP「南ア、女子生徒の4分の1以上がHIV感染 保健省発表」)している。『政府のエイズ対策の遅れから、36万5000人が無駄に命を落としたと推定されている』(「南アフリカを知るための60章」P106)。

ムベキは愚かな政治家だったかというとむしろ逆だ。『多くの人が、ムベキは非常に聡明な人物だと言う』(P218)。1962年から亡命生活を送りながら英サセックス大学で経済学修士号を取得したインテリで、マンデラの右腕として反アパルトヘイト運動をリードした。学者肌で『「カリスマ性はないものの、堅実な実務家」』(「南アフリカを知るための60章」P106)との評価で、『ムベキ政権下で経済は平均4.5%と順調に成長し、「ブラックダイヤモンド」とよばれる黒人中流階級の創出に成功。外交面でも、「アフリカンルネッサンス」や「アフリカ開発のための新パートナーシップ」(NEPAD)といったアフリカの自主性を強調するコンセプトを打ち出した。』(「南アフリカを知るための60章」P106)。

一方で、猜疑心が強く、南アフリカ・政府に対する批判に対して『異常なまでの拒絶反応を示し』(「南アフリカを知るための60章」P107)、何事につけ本気で白人の陰謀を唱えるところがあった。経済・外交面で南アフリカの地位を大きく押し上げ、貧困対策にも成功して就任時の99年に52%だった貧困率は07年には43%にまで改善している。自身の出した成果が、自身が信じた「HIV/エイズ否認主義」を否定することになっているのが、国民にとっての悲劇である。

ムベキのような知的な人物でさえも、なぜ否認主義にはまってしまうのか。本人の強すぎる猜疑心というキャラクターは確かにあるが、南アフリカはアパルトヘイト体制という、「白人の陰謀」がリアルな社会であったことも強く影響している。彼が「HIV/エイズ否認主義」を知ったのはインターネットであったという。

ピーター・デューズバーグ

エイズの原因が何かというのは80年代半ばごろまでの議論であって、90年代初頭までにHIVはエイズを引きおこす原因として確固たるものとなっていた。しかし、「HIV/エイズ否認主義」の台頭は、原因についての議論の余地なく学説が確定し、実際にエイズ対策が打たれ始める90年代以降のことだ。その「HIV/エイズ否認主義」に大きな影響を与えたのがピーター・デューズバーグという科学者であるという。

ピーター・デューズバーグ(1936~)は元々がん遺伝子の研究で目覚ましい業績を上げた人物――『最初の本物のがん遺伝子(src)を同定して染色体上に位置づけたのは、デューズバーグである』(P42)――であったが、1980年代に突如自説を捨てて『遺伝子の変異ががんを生じさせるという見方を完全に否定』(P45)し、さらに当時進みつつあったHIV研究にも異を唱え始めた。HIVは83年にパスツール研究所のリュック・モンタニエら(2008年ノーベル賞受賞)によって発見され、ほぼ同時期にアメリカでもロバート・ギャロが分離に成功する。大きな話題となっていたHIV研究について、デューズバーグはことあるごとにかみついた。ギャロとデューズバーグとの論争はやがて中傷合戦へエスカレートする。『両者のやりとりは個人的な攻撃で、科学的議論と言えるようなものではない』(P60)

デューズバーグは助成金を打ち切られて学会の主流からはずれていくが、それはあくまで彼のがん研究が主流からはずれたことで助成対象でなくなったことに原因であるのだが、デューズバーグはHIVに異を唱えたせいだと陰謀論を唱えるようになる。さらにギャロとの論争の中で最初はHIVが原因かどうか疑問を呈すだけだったのが、エスカレートしていくうちに原因説を否定して、HIVではなく貧困や麻薬やHIV治療薬などの複合的要因こそがエイズの原因だという説を唱えるようになる。しかも科学的根拠なしに。

『デューズバーグが主流派から相手にされなくなったのは、エイズについてまちがっているからというより、むしろ、その極端で排他的な考え方と、重要で、しかも説得力のある他者の見解を押しのけて持論を押し通す、科学に背を向けた態度を嫌われてのことなのだ。』(P78)

元々学会の異端としての振る舞いが目立っていて、議論になると、ときに彼の極端な意見が議論を生産的な方向に進めることもあったが、本書の彼の発言を読んでいくと、基本的には何かと逆張りしたがる「釣り師」であったようだ。逆張りが過ぎて主流から外れてしまった彼は、「HIV/エイズ否認主義」に固執してその正当性を訴え始める。変り者でも、いや、変り者であるがゆえに支持者が付き始め、そのキャラクターを面白がって各種メディアが彼を取り上げるようになり、彼は学会の陰謀で追放された英雄・犠牲者というストーリーを組み立て、インターネット上でもウェブサイトを作成して積極的に発信して支持を広げる。

『デューズバーグは議論を戦わせ、自分の正当性を認めさせるためなら、道理にはずれようが、社会に大きな損害をもたらすことになろうが、おかまいなしなのだ』(P81-82)

2000年、デューズバーグは、彼らのウェブページを見て否認主義を信じるようになったムベキ大統領に招かれて南アフリカ共和国エイズ諮問委員会の委員に同じ否認主義者たちとともに任命され、同委員会の専門家とされる人の過半数が否認主義者で占められた。その後のことは前述の通りだ。

『あらゆる意味で、HIV/エイズ否認主義はデューズバーグに始まり、デューズバーグに終わると言える。』(P301)

科学に対する信頼の毀損

「否認」を覚えるのは病気に対する自然な感情だという。

『一種の心の対処機能であり、わたしたちの感情を残酷な現実から守ってくれる。HIV/エイズと診断され、それを否認している人は、HIV陽性というトラウマを受け入れる途上にある。』(P3)

まず否認で自身の心を守り、徐々にその事実を受け入れて、正しい知識を学びながら病気という現実と向き合う。そこに「否認主義」は間違った情報を入れて、否認状態を続けさせ「不適応」化させる。否認主義に陥らないために重要なのは現実主義的なアプローチだという。HIVに限らず様々な病気に関する知識を全て理解するのは不可能だ。そこで重要なのは医師・科学者・専門家に対する信頼である。『すべては信頼に帰結する』(P271)のである。

ここ、特に重要なのだが、科学に対する信頼の裏付けは、その科学者たちの研究論文が専門家たちによる「査読」を経ていることによる。様々な実証を経てその成果としての論文が相互にチェックされることで定説として確立されていく。とはいえ査読が必ずしも適正に行われるとは限らない。しかし、それでも、「査読」こそが科学の信頼性を担保しているのである、ということを著者は読者を否認主義に陥らせないよう科学の信頼性を訴えるために論じている。「査読」という過程ゆえに信頼してくださいと。

一方で、否認主義の台頭の背景としてこれまでの科学コミュニケーションの失敗も挙げている。

『一般に科学者は、科学者同士のコミュニケーションはうまくこなすが、一般の人々とのコミュニケーションではしくじることが多い。公衆衛生を管轄する機関も、HIV/エイズに関する科学的に有益で正しい情報をうまく伝えることができず、期せずして否認主義の出現に重要な役割を演じた。記者会見やマスコミのインタビューを通じて科学者や政治家が語った約束や予測がいっこうに実現しないことも、エイズ学に対する不信を高めた。疑似科学者と否認主義者は、そのように科学的予測がはずれたことをあげつらって、「エイズ学者のやっていることはいんちきだ」と攻撃した。』(P28)

どうしても現代日本を思わずにはいられない。東日本大震災以降、「御用学者」などといった蔑称も生まれたように、上記の引用部分は「HIV/エイズ」を「原発」「震災」にあてはめても通用するようではないか?今ほど科学コミュニケーションの重要性が叫ばれている時期も無いと思うが、一方で科学と科学者に対する不信の声が高まっている時期も無いのではないか。そこにきて、2014年のSTAP細胞を巡る一連の事件が浮き彫りにしたのは、科学に対する信頼の裏付けとなるはずの「査読」そのものの信頼性の危機である。

科学者は、科学に対する信頼の毀損が、科学者や医師に対する信頼を失わせ、ときに、人々を様々な科学・医療に関する情報に対する否認主義に陥らせ、死に至らしめるかもしれない可能性まで考慮しなければならない。今進んでいるのは「面白いショー」などでは決してなく、科学に対する信頼の毀損のプロセスであり、これは科学全体、すべての科学者・研究者に対する不信を生むということを心してほしいと思う。その不信は社会の土台を大きく揺るがすかもしれないし、あるいはときにそのせいで人々が死ぬかもしれない。その前提で、ありとあらゆる分野において一般の人々に向けた科学コミュニケーションの実践の重要性をよくよく認識すべきだと思う。

再び本書からの引用だが、ロナルド・レーガン大統領は1987年5月31日、演説の中でエイズについてこう語ったという。

『詩人のW・H・オーデンは、わたしたちの時代に行動を導く人となるのは、政治家や政治屋ではなく、科学者であると語った。エイズの流行に関しては、特にそうだろう。』(P199)

科学者が政治家や政治屋ではなく科学者であるために何をすべきなのか、ぜひよく考えてほしい。科学者と言わずとも、『議論を戦わせ、自分の正当性を認めさせるためなら、道理にはずれようが、社会に大きな損害をもたらすことになろうが、おかまいなし』の振る舞いが目立つ人も少なくないようだが。

デューズバーグについては軽く触れるだけで留めて否認主義成立の経緯を簡単にまとめておく方がコンパクトにまとまって良かっただろうが、敢えて長々と書いたのは、一つには上記の通りデューズバーグの行動とよく似た振る舞いが日本でもみかけることからちょっとした比較に良いかなと思ったこと、もう一つにはリンクは貼らないがピーター・デューズバーグで検索するとすでに日本でも、エイズではないが政府の医療政策に対するカウンター的意見を主張するブログ記事や掲示板の書き込みで、自身の主張の裏付けとして”カリフォルニア大学バークレー校のピーター・デューズバーグ教授もこう言っている”という記述が散見されることだ。

Wikipediaのエイズ否認主義の項も中立な記述を装いつつ、基本的には否認主義の主張を並べることに終始している。「エイズ否認主義と言った語は、これを批判する論者を含めて、医学関係者の間では全く使用されていない。」ってこの本の著者のカリッチマンが『「南東 HIV/エイズ研究・評価プロジェクト」のリーダー』(プロフィールより)だし、本書でも反否認主義の研究者たちの名が多く挙げられていますよ。

科学と科学者に対する決定的な不信、特にソーシャルメディア上で顕在化している科学的知見に対する否認主義的態度の人々、着実に増えるHIV/エイズ感染者、検索エンジンの表示結果で肯定的な文脈でわずかながら登場しはじめるピーター・デューズバーグの名前・・・未だ「HIV/エイズ否認主義」は日本では見られないようだが、もし浸透しはじめたとしたら、これまでの積み重ねが複合的な要因として働いて、一瞬で拡大するかもしれない。

インターネットやマスメディアで報告された医学的発見を、正しく利用し解釈するための指針」として七項目が挙げられている。(P275-277)
・単独研究に頼る議論を避ける
・情報源を注意深く調べる
・より専門的に見えるものが信用できるとは限らない
・あまりにできすぎた話は、おそらく作り話だ
・医師に相談する
・冷笑するのではなく、疑い深くなる
・否認主義者ではなく、異論を唱える人になる

読んでいただければわかる通り、僕が書いたこの記事にもこれらの項目の多くが当てはまるように見える。書評として内容はほぼこの本の記述に頼っている(「単独研究に頼る議論を避ける」)し、南アフリカの例やデューズバーグの話などはかなり要約しているだけに、お話としてあまりにできすぎているように読めるだろう(「あまりにできすぎた話は、おそらく作り話だ」)。「より専門的に見えるものが信用できるとは限らない」のだから、この記事が正しいのかどうか、「情報源を注意深く調べる」必要がある。ゆえに、ぜひ、本書を読んだり、エイズに関する情報を調べてみたりしてほしい。その上で専門家を信頼することだ。当事者であれば「医師に相談する」べきである。

『信頼しうる人物が誰であるかを判断するために必要となる知識の量をわれわれは軽く見積もってはなりません。』(ジョン・スチュアート・ミル「大学教育とはなにか」P29)

参考書籍・サイト
・峯陽一編著「南アフリカを知るための60章 (エリア・スタディーズ79)
・菊池聡著「なぜ疑似科学を信じるのか: 思い込みが生みだすニセの科学 (DOJIN選書)
・国立感染症研究所「HIV/AIDS 2012年」
API-Net(AIDS Prevention Information Network) エイズ予防情報ネット
忘却からの帰還: HIV/AIDS陰謀論一覧
幻影随想: 南アフリカのAIDS事情はヤバすぎる

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