「米軍基地と神奈川」栗田 尚弥 編著

2014年一月時点で在日米軍は一都一道一府十一県に展開し、その使用面積の73.81%(228,062 千m²)を沖縄県が占めている。以下、青森県7.68%(23,743 千m²)、神奈川県5.88%(18,170 千m²)が続く。神奈川県は14施設と施設数でも沖縄県(33施設)、北海道(18施設)に次いで多く、また在日米陸軍司令部(キャンプ座間)、同海軍司令部(横須賀海軍施設)、同空軍司令部(横田飛行場)と三軍の司令部が集中し、在日米軍の中枢の役割を担っている。(参考:防衛省・自衛隊:在日米軍施設・区域の状況

上記で挙げたデータの通り、第二次大戦の終結後、神奈川県は在日米軍とともに歩むことになった。本書は神奈川県史の研究者五人による、史料を丁寧に追い、かつ基地を巡る神奈川県の歴史と社会について網羅的にまとまった非常に手堅い内容の一冊で、日本現代史と在日米軍について理解する上でぜひ読んでおきたい本だ。

ポツダム宣言の受諾から米軍の進駐、横浜、厚木、横須賀、相模原各都市の変貌、朝鮮戦争の勃発、冷戦構造の確立、様々な在日米軍を巡る周辺地域への問題、市民による基地反対運動の激化、世界最高峰を誇る技術力の横須賀米海軍艦船修理廠(SRF:United States Naval Ship Repair Facility)、ベトナム戦争化での兵站拠点化、米軍基地とジャズ文化を始め神奈川のアメリカナイズされた様々な文化の勃興、そして米兵による絶えることない犯罪、騒音・土地問題、戦争花嫁と国際結婚、戦後の一時期に設けられた米兵向け慰安婦制度とその後の基地周辺の繁華街化から生まれた女性に対する偏見(「パンパンガール」)や「混血児」差別問題などに至るまで、米軍基地を巡る神奈川の光と影、そして現在まで続く様々な基地問題が丁寧に描かれている。

昭和二十年(1945)八月二十八日に米軍先遣隊が厚木飛行場到着、同三十日にマッカーサーが厚木飛行場に降り立ったが、同日には米海兵隊第四連隊が横須賀に上陸、横須賀鎮守府を占領し、以下日本占領計画ブラックリスト作戦に基づいて連合軍が日本全土に展開する。その過程で横浜は米軍の拠点として支配下に置かれ、GHQ設置後は米第八軍総司令部が横浜税関ビルに置かれ都市の大半が進駐軍の施設と化し、軍政の中枢として機能する。『日本政府に指示を出すGHQは東京に、全国各地域における軍政を指導する第八軍の司令部は横浜に、という役割分担が確立された』(P21)

1952年の日米安保条約に基づく日米行政協定によって米軍が使用している横浜市街地の核施設も米軍の無期限使用となるが、53年の朝鮮戦争の停戦を経て、57年の岸・アイゼンハワー声明前後から在日米軍兵力削減が進められ、それにあわせて横浜の各地域が順次日本側に返還されていく。1952年から、まず関内・関外地区の接収解除から始まり、1957年半までに中区・西区・港区など市街地が順次返還されていった。ただし、そのほとんどは代替施設の準備が条件であり、その代替地となったのが相模原市であった。

相模原市は戦前から軍都としての都市計画が進められていたが、戦争の激化とともに進まず、戦後、相模原陸軍造兵廠、陸軍士官学校など陸軍関連施設が米軍によって接収、相模原・座間地域一帯が支配下に置かれた。1948年、米軍の帰還業務を担当する「キャンプ座間」が設置、1950年朝鮮戦争の勃発に伴い国連軍の中枢となる第八軍司令部が「キャンプ座間」に設けられ、横浜の接収解除後は代替施設として相模原・座間が在日米軍の中枢としての役割(57年7月より在日米陸軍総司令部)を担わされていく。相模原・座間地域で現在500ヘクタールが米軍施設となっており、2008年にこのうち、17ヘクタールの一部返還、35ヘクタールの共同利用が合意された。これに基づきコンベンションホールの建設や住宅整備、小田急線延伸など相模原再開発計画が進められている。

基地問題についても幅広く取り上げられているが、一つ興味深いデータとして、終戦直後の連合国軍将兵による神奈川県内の犯罪についての統計を紹介しておこう。1945年の犯罪件数について本書では『一九四五年八月三〇日から同年一二月末までの連合国軍将兵による神奈川県内の犯罪行為は一八三八件に及んだ』(P145)という記載と、同147ページの表の神奈川県警察史に基づく表の1945年の占領軍将兵による犯罪の発生件数1929件という数字と二つあるのだが、一応内訳がわかっている後者に基づくと、1945年の占領軍将兵による殺人9、強姦54、強盗1399、窃盗8、傷害58、単純暴行34、自動車強取36、警察官被害71、交通事故84、その他176となっている。これは占領が開始された1945年9月~12月末の三か月間のもので、混乱が窺える。1947年には1146件まで減少している。

『占領軍兵士が引き起こす犯罪で注目されるのは、彼らの行為が一般市民ばかりではなく、公安上、拳銃の所持が許可されている警察官にまで及んだことであり、その多くが拳銃の剥奪が目的だったことである。』(P145-146)

占領軍憲兵(MP)のいる地域と少ない地域とでは犯罪件数も検挙率も大きく違うという。警察と占領軍、独立後は米軍との間で様々な犯罪対策が打たれたものの、根絶には至らず、近年でも特に沖縄で米兵の犯罪が大きな問題となっているが、神奈川でも現在まで米兵の犯罪はあとを絶たない。

詳しくは本書を読んでいただければ良いが、現代の神奈川において米軍基地の位置づけは「進駐軍」の時代から大きく様変わりして、『基地がまるでテーマパークのように身近な存在』(P209)となってきた。米軍や自衛隊などの努力やPR戦略などが効果を発揮しているわけで、勿論僕自身も最近の横須賀での様々なイベント(主に自衛隊か)には好感を持っているが、確かに基地のテーマパーク性は諸問題を見えにくくもしている。米兵の犯罪も後を絶たないし、日米地位協定に基づいて犯罪を犯した米兵が日本側で裁かれることもないし、騒音問題も基地周辺の土地問題もあるし、米艦艇の寄港ともなれば核の持ち込み問題が表面化する。にも拘わらず、『神奈川県においては基地問題への関心は低い』(P209)。東日本大震災での災害協力や緊迫化する極東情勢など米軍の協力・連携は確かに重要であるが、その関係性の中で、「在日米軍とは何か」という問題をを見る冷静な目を持つことの必要性は非常に高い。

米軍基地としての位置づけは沖縄と変わらないにも関わらず、基地問題で揺れる沖縄県民との基地を巡る認識の差はどこにあるのか、という本書の問題提起は非常に重要だろう。米軍基地問題は沖縄の問題であると同時に本土の問題であるにも関わらず、沖縄の人々と本土の人々との認識のずれは非常に大きい。そういう点で、沖縄ではないもう一つの基地県神奈川における米軍基地のありようを歴史的に解きほぐした一冊として、在日米軍を神奈川から考えるという点で、非常に重要な本であると思う。

参考までに本書の目次も紹介しておこう。

序章 神奈川の米軍基地
      敗戦と米軍の進駐/米極東戦略の中枢/米軍基地と神奈川県

一章 軍都から基地の街へ
   1 横浜―突然の基地の街へ
      占領軍の受入準備/マッカーサーの横浜進駐/米第八軍の拠点/中心市街地の接収/米軍将兵と家族の暮らし
   2 厚木飛行場―第三〇二海軍航空隊から米軍厚木基地へ
      日本海軍厚木飛行場の開設/厚木の反乱/マッカーサー「厚木」に到着/米陸軍厚木航空基地
   3 横須賀―日本海軍から米海軍の基地へ
      日本海軍横須賀基地/米海兵隊第四連隊の横須賀上陸/米海軍横須賀基地へ
   4 相模原・座間―日本陸軍の軍都から米陸軍の街へ
      農村から日本陸軍の軍都へ/軍都建設計画/連合国軍の進駐/旧陸軍施設の接収と転用

二章 基地の返還と再編成
   1 朝鮮戦争の勃発と神奈川県の米軍基地
      占領軍から在日米軍へ/後方基地神奈川/米海軍厚木航空基地/U2、EC121事件/朝鮮戦争とキャンプ座間―在日米陸軍の中枢/演習場チガサキビーチ
   2 基地返還とは何か
      ベトナム戦争と「米軍施設・区域整備計画」/ニクソンドクトリン/米軍削減計画の見直しと返還
   3 接収解除と横浜
      軍政の中心から兵站基地へ/中心市街地の接収解除/建物と施設の返還/基地の返還と都市整備
   4 街づくりの限界―相模原の都市計画
      戦時下の相模原軍都としての都市計画/基地の街の都市建設/基地返還運動/基地跡利用と街づくり/相模総合補給廠の一部返還と相模原駅周辺の開発

三章 さまざまな基地問題
   1 都市の中の飛行場―厚木基地
      都市化の進展と厚木基地/ジェット化と頻発する墜落事故/NLPと爆音/厚木爆同と基地騒音訴訟
   2 ベトナム戦争と戦車闘争
      横浜ノースドックと相模補給廠/戦闘車両の修理/戦闘車両輸送阻止運動/戦車闘争の終息
   3 「核持込み」と横須賀市民
      第七艦隊の復活と核持込み/空母「母港化」/原子力潜水艦の横須賀入港と反対運動/「暴走」する抗議と市民/空母入港と市経済
   4 米兵犯罪―横須賀市を例として
      連合国軍上陸日の犯罪/警察と占領軍/犯罪への対応/日米連絡協議会と風紀対策
   5 横須賀とSRF
      米海軍横須賀基地への労務提供/SRFの誕生/SRF返還問題/在日米軍基地従業員/アスベスト問題

四章 基地と米兵をめぐる戦後
   1 「進駐軍」と接するために
      英語を話そう/国際結婚と戦争花嫁/特殊慰安施設と「パンパン」/公娼制度廃止に関する覚書/「混血児」と根岸外国人墓地
   2 憧れのアメリカ文化上陸
      進駐軍とジャズ/戦後ポピュラーへ/米軍と湘南文化/太陽族と湘南文化の消滅
   3 米軍兵士への眼差し
      ベトナム戦争とべ平連/永山則夫と横須賀基地/戦争と米兵をめぐる表現

五章 基地と周辺の現在
   1 基地の街の諸相
      本牧周辺/横須賀ドブ板通り/基地ガイドブック/フレンドシップデー/ネットでの情報交換/基地はどう教えられているか
   2 日本の中のアメリカ合衆国
      米海軍横須賀基地と米軍住宅/「カリフォルニア州米海軍横須賀基地」?

終章 米軍再編成と神奈川県の米軍基地――第一軍団司令部移転計画を中心として
      湾岸戦争とキャンプ座間/第一軍団司令部移転計画/変わるものと変わらないもの

関連記事
太平洋戦争末期の日本本土侵攻計画「コロネット作戦」と「オリンピック作戦」
「日本の核開発:1939‐1955―原爆から原子力へ」山崎 正勝 著
八月十五日は何故「終戦記念日」なのか?~「八月十五日の神話」

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク