明治政府のフーコー的臣民観

ちょっと引用中心のメモ。

『明治の指導者たちは、人々を単なる支配の対象(object)ではなく、知識をもった自己規律的・自律的な主体(subject)として、つまり、フーコーのいう二重の意味での主体――「支配と依存」に服従させられた臣民(subject)であると同時に、「良識と自意識」によって自身のアイデンティティをもった存在としての主体(subject)――へとつくりかえてゆこうとしていたといえるのである。
この支配に関する新しい考え方こそが、高度に規律化された国民共同体と、統合的・全体包括的な国民文化へと一般民衆をとりこんでゆくことをねらった様々な政策を生み出したのであった。国家当局者の手によって正しい信仰のありかたが教示されるいっぽうで、地方の神社を破壊・統制したり、シャーマンや祈祷師やいわゆる淫祠などを迷信のたぐいとして規制し、民族宗教を攻撃するといった、啓蒙という名の一種の文化的暴力が地域共同体を席巻していった。新しい支配者たちは仏やカミをまつる放逸な祭礼をはじめ、賭博や無節制な遊びなど、数々の民俗的風習を禁止する一方で、「文明開化」を説いてまわったのである。』(Tフジタニ「天皇のページェント―近代日本の歴史民族誌から (NHKブックス)」P26-27)

フジタニは、これらは明治の指導者たちが『人々は教育されうるものだ、という信念を抱いていたこと』(同P27)の反映だという。

『つまり、十分な教育を受けることによって、かつては軽蔑されてきた一般民衆もまた、知識をそなえた国家共同体の責任ある一員となることができる、という信念である。だからこそ、近代国家の文化装置はすべて、民衆を啓蒙するメカニズムとして日本の政治指導者の手によって考案されてきたのである。』(同P27-28)

出されていった政策は日本独特のものであっても、その背景にあるのがフランス革命以後の欧州諸国での国民国家建設の過程で見られた現象そのものであるように見える。アーネスト・ゲルナーが書いているようにナショナリズムは『教育に依存し、国家の保護を受ける高文化に基礎を置』(ゲルナー「民族とナショナリズム」P81)くという特徴がある。そういう点で確かに近代化を愚直に進めようとしていたと言えるのだろう。

この『「支配と依存」に服従させられた臣民(subject)であると同時に、「良識と自意識」によって自身のアイデンティティをもった存在としての主体(subject)』という国民観とそれに基づく『統合的・全体包括的な国民文化』という目標、そして『人々は教育されうるものだ、という信念』の組み合わせは一つの思想潮流として現代まで脈々と流れていると思う。

ベネディクト・アンダーソンは「定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険 2-4)
」で日本の明治維新を「公定ナショナリズム」の一例として挙げている。「公定ナショナリズム」は帝政ロシアやドイツなどに顕著な『国民と王朝帝国の意図的合同』(P148)のことだ。アンダーソンは明治政府の樹立から徴兵令・明治憲法の制定、日清日露戦争とその後の帝国主義的伸張の要因として、三つの要因を挙げている。

『その第一は、幕府による国内の平定と二世紀半の孤立によってもたらされた、日本人の比較的高い民族文化的(エスノカルチュラル)同質性である。たしかに九州で話される日本語は本州ではあまりわからなかったし、江戸・東京と京都・大阪のあいだですら会話によるコミュニケーションには支障があったが、半ば中国語化した表意文字による表記システムはすでに長年にわたって列島全域で使用されており、したがって、学校と出版による大衆の読み書き能力の向上は容易で、論議の対象となることもなかった。第二に、天皇家の万邦無比の古さ(日本は、その記録された歴史の全時代を通して単一の王朝が王位を独占してきた唯一の国である)、そしてそれが疑う余地なく日本的なものであること(ブルボン家、ハプスブルグ家と対照せよ)、これによって、公定ナショナリズム発揚のために天皇を容易に利用することができた。そして第三に、夷人が突然、一挙に脅迫的に侵入してきたため、大多数の政治的騎士気を持つ住民は、新しい国民的(ナショナル)枠組みで構想された国防計画に容易に結集することができた。ここで強調さるべきは、こうした可能性が、西洋侵入のタイミング――一七六〇年代ではなく一八六〇年代であった――によるところが大きかったということである。というのは、このときまでには、ヨーロッパの主要部では、「国民共同体(ナショナル・コミュニティ)」が、民衆的ナショナリズムにもとづくものも公定ナショナリズムによるものも、すでに半世紀にわたって存在していたからである。実際、国防は、いまや「国際的規範」となりつつあるものに沿って編成することができた。』(アンダーソンP158-159)

このような前提でアンダーソンは『創り出された日本ナショナリズムが、支配サークルの外においてすら攻撃的な帝国主義的性格をもった』(P160)理由を『長期にわたる孤立の遺産と公定国民モデルの力』という二つの要因から説明を試みている。

アンダーソンの論には細部には色々と異論がないでもないのだが、公定ナショナリズム発揚のために天皇を利用しようとしたという指摘が、あらためて冒頭のフジタニの指摘する明治政府の臣民=主体観へとループする。

このあたり、もう少しぐるぐるとスパイラルの中を掘り下げていきたいと思っているので、一応のメモということで。実際にはもう少し様々な研究を読みつつ、可能な範囲で一次史料の裏付けを取って行きつつ知識を深めていくという方向で。

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ところで、ここで引用したフジタニ「天皇のページェント」については原武史「可視化された帝国[増補版]―― 近代日本の行幸啓 (始まりの本)」で反論が出されている。最近図書館で見掛けてまだ読みかけだが、全部読んだらあらためて紹介するかもしないかも。

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