「エネルギーの科学史」小山 慶太 著

近代科学の歴史は、「エネルギー」の探究とともにあった。森羅万象、『ヒトも星も宇宙も物理反応と化学反応にもとづく”変化”の所産であり、”変化”を引きおこす実体こそが”エネルギー”』(P7)であった。その「エネルギー」は近代科学の確立の過程でドラスティックに指し示す内容を変えつつ、幅広い概念として成立してきた。

本書では十九世紀末の放射能の発見を画期としつつ、それ以前の熱エネルギー、電気エネルギー研究を通しての古典物理学時代のエネルギーから、放射能と原子核の発見以後の核エネルギー研究を端緒として反物質エネルギーや暗黒エネルギーなどに至る物理学を中心としたエネルギーの科学史の大きな流れを俯瞰しつつ描かれる。

僕のような科学に無知な者でもすらすらと読めるように丁寧かつわかりやすく説明されているだけではなく、様々な科学者の興味深いエピソードを丁寧に掘り下げつつ関連した雑学的話題も豊富で、科学を知ることはこんなに面白いんだという発見があった。

例えば、十九世紀の数学者チャールズ・バベッジ(1791-1871)は蒸気期間を使った自動計算機の設計に生涯を賭けたが、製作費用の莫大さから存命中はついに作られることは無かった。彼の設計図通りに作ったバベッジの自動計算機が完成するのは1991年のことだ。彼の設計図を元に当時の材料を使って作られたそれは見事に動作したという。ヴィクトリア朝時代にコンピュータが設計されていたのだ。本書では、もしバベッジのコンピュータがヴィクトリア朝時代に完成していたら?を描いたウィリアム・ギブソン&ブルース・スターリングのSF小説「ディファレンス・エンジン」とともに、彼の研究が簡単に、かつ面白く紹介されている。

あるいは、電気エネルギー研究の端緒となったガルヴァーニ電気の実験である。1780年、イタリアの解剖学者ルイージ・ガルヴァーニ(1737-1798)は解剖したカエルの足に電流を通して痙攣することを観察、続けて雷雨の中で稲妻が走ったときも同様の現象が起きた。しかし、雷雨ではなく晴れた日にも同じ状況でカエルの足が痙攣することを発見する。彼は論文で『電気の発生源はカエルの体内にあり、それが神経を伝わって筋肉に流れ、その刺激で脚の痙攣が生じる』(P71)という趣旨の論文を発表し、論争を巻き起こした。

ガルヴァーニの見解は後に否定される。1800年、アレッサンドロ・ヴォルタ(1745-1827)によって、電気の発生源は動物の体内にではなく、金属の方にあることが証明される。ヴォルタは自分の舌に錫箔を触れさせ、銀貨を舌の裏にいれて両者を銅線で繋いだ。その結果、舌の先に強い酸味を感じたという。動物の中から電気が発生するのではなく、『湿った物体に金属を接触すれば、金属から電気が発生する』(P80)という電気エネルギーの発見である。ヴォルタはこの仕組みを元に電堆(パイル)と名付けられた『銀と錫の円盤の間に塩水あるいはアルカリ水で湿らせた布をサンドイッチ状に挟み、それを何十組もミルフィーユのように多層に積み重ねた円柱』(P80)を製作した。ヴォルタ電池の名で知られる電池の発明である。

また、ガルヴァーニの動物電気の論文はSF文学の誕生にも深い関係がある。イギリスの詩人バイロンとシェリーがシェリー宅でガルヴァーニ電流も含めた生命原理全般について熱く語ったという。その二人の会話に耳を傾けていたのがシェリーの妻、メアリ・シェリーであった。メアリはガルヴァーニ電流の話から想像の翼を羽ばたかせ、1818年、「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」を発表した。主流のSF史ではSF文学はヴェルヌやウェルズからだと思うが、ちょっと度忘れしたが何かのSF史の本にSF文学の始まりをこのメアリ・シェリーの「フランケンシュタイン」に求める説が紹介されていたと思う。その説を踏まえるなら、ガルヴァーニの研究はSF文学誕生の呼び水となったということになるだろう。このあたりのガルヴァーニ電流とフランケンシュタイン誕生についても本書では紹介されている。

最近の話題を彷彿とさせる話としては、マイケル・ファラデー(1791-1867)の日誌の話も興味を惹く。ファラデーは電磁誘導を発見し、定常電流の発生を可能とする装置を開発し、後の変圧器、発電機誕生の端緒となった「電気の父」であるが、彼は1820年から1862年まで毎日克明に研究日誌をつけていた。ファラデーの日誌は1932年から1936年にかけて全七巻にまとめられ出版されたが、その序文で物理学者ブラッグが書いた一文が紹介されている。

『ファラデーの日誌は実験結果を単に列挙したものではない。それを読めば、彼の研究が最後の重要な結論へと至る道筋を一歩一歩、たどることができるのである。ファラデーの頭の中でアイデアが形をなし、実験で確かめられ、それが研究のさらなる発展の足がかりとして利用される様子をみることができるのである。』(小山慶太著「エネルギーの科学史」P87)

人類は、火を手に入れて食料と金属を加工し、水車を作って水力を農業に用い、マストと帆の発明によって風力で船を動かし、代償として環境破壊をもたらしつつもゆっくりと自然エネルギーの有効活用を試行錯誤してきた。十七世紀に物理学の基礎が誕生すると十八世紀に入って熱エネルギーの研究と蒸気機関の発明とが同時進行で進む中で、産業革命が到来、十九世紀には蒸気機関が普及し広く電力が供給され、大規模輸送が展開され、化石燃料への依存が始まり、1896年、ベクレルによって放射能が発見、二十世紀、アインシュタインがエネルギーと質量が等価であるという有名な数式E=mc²で質量が失われた時に膨大なエネルギーが発生することを見出したとき、時代は世界大戦へと転げ落ちていく真っただ中であった。膨大なエネルギーを放出する放射能の研究は原子爆弾の開発へと突き進む。1938年、核分裂が発見され、そのわずか七年後には米国で原子爆弾が完成、広島・長崎へ投下されて甚大な被害をもたらし、世界は核の時代へと突入する。また、放射能の発見は目に見えないミクロの世界の発見でもあり、素粒子や宇宙の誕生についてまでエネルギーという視点から探究することが可能となり、科学の世界を一挙に拡大させた。

人類はより強力でより実用的な動力源としてのエネルギーを絶えず求めてきた。その急速な発展が科学技術を進歩させ、生活を豊かにしてきたが、核エネルギーというミクロの世界に達したとき、一つの分水嶺を越えることになった。生み出されるエネルギーが膨大であればあるほど、その制御の困難さは増し、一旦制御を外れたときの被害の甚大さも計り知れなくなるのである。

ラジウムを発見したキュリー夫妻の夫の方、ピエール・キュリー(1859-1906)はノーベル賞受賞のスピーチ(受賞は1903年、スピーチは1905年)でこのようなことを述べている。

『ラジウムが犯罪人の手に渡ると、非常に危険なものになるでしょう。自然の秘密を知ることによって、果たして人類は利益を享受できるか、それを利用しようとするか、あるいはこの知識は有害なものになるのではないかという問題が提起されています。ノーベルの発見はこのよい例であります。強力な爆薬によって、私たちは驚くべき事業をしてきました。またこれは、人々を戦争に駆り立てる大犯罪人の手に渡ると、恐ろしい破壊の手段にもなります。私は、ノーベルとともに、人類は新しい発見から害毒以上に多くの福利を導き出すであろうと信ずる者の1人であります』(小山慶太著「エネルギーの科学史」P116:中村誠太郎、 小沼通二編「ノーベル賞講演物理学〈1〉1901〜1907」(1979年)からの孫引き)

現状、核エネルギーの完全なる制御は困難で、また一旦暴走した結果生み出された被害を無効化することも不可能であるから、「多くの福利」を一瞬にして灰燼に帰すことができるだけの「害毒」のリスクと背中合わせで「核エネルギー」は存在している。

本書で特筆されているのが、上記のピエール・キュリーのスピーチとともに、十九世紀初頭、熱機関の理論を構築したニコラ・レオナール・サディ・カルノー(1796-1832)の著書「火の動力についての考察」の一節である。

『燃料のもつ動力を実際にすべて利用しつくすというようなことは望めない。これになんとか近づこうとする試みも、それが他の重要な点を見過ごさせることになれば、かえって有害である。燃料の経済は、火力機関がみたさねばならない条件の一つにすぎない。多くの場合それは二次的なもので、しばしば機関の確実さ・堅牢さ・寿命・占める場所が小さいこと・建造のための費用、等々を優先させねばならない。おのおのの場合に、便利さと実現されうる経済性とを正しく評価し、もっとも重要なものを単に付随的なものから区別し、もっとも容易な方法によって最良の結果が達成されるように、それらを調和させること、これらをなしうる資質こそ、同胞の仕事を指導し、総合して、人々をなにによらず有用な目的のために協力させるという任を負った人物に要求されるのである。』(小山慶太著「エネルギーの科学史」P63:『カルノー・熱機関の研究(みすず書房)』からの孫引き)

理論が立脚している背景はカルノーの時代と現代とでは全く違うものの、エネルギーを活用する際に最重視するべきは経済効率ではなく安全性であるというカルノーの主張は、取り返しのつかない後悔の念と、痛みとともに、普遍性を持って響いてくる。現代において、エネルギーの科学史を学ぶことの意義がこの一節にあるように思う。この一節からかけ離れて行かざるを得なかった歴史があり、かけ離れていったがゆえに大きな科学の進歩があり、それゆえに、今直面するリスクがある。そのエネルギーの科学史を面白おかしく真摯に丁寧に高い問題意識を持って描いた良書だと思う。

【目次】
はじめに 「エネルギー」をどこから眺めるか
序章 エネルギーの歴史の分水嶺
●『二〇一〇年宇宙の旅』●皆既日食とヘリウム元素●星をめぐるノーベル物理学賞●十九世紀物理学と太陽のエネルギー●力学的エネルギー保存則●古典物理学の万能性●歴史の分水嶺

第一章 蒸気機関と熱エネルギー
蒸気機関コンピュータ●蒸気機関の開発と応用●熱気球で空の旅●熱のカロリック説●熱の運動説●エコール・ポリテクニクの俊秀●カルノーと熱機関の理論●カルノーが鳴らした警鐘

第二章 電磁気学の確立と電気エネルギー
●カエルの脚とガルヴァーニ電気●『フランケンシュタイン』誕生の舞台裏●十八世紀の電気研究●電池の発明●電気エネルギーと化学エネルギー●電流の磁気作用●ファラデーと電気文明の夜明け●エリザベス女王の除幕式●電磁気学理論の確立と電磁波の発見●電子の発見●エネルギーの歴史の転換期

第三章 放射能と原子核――新しいエネルギー
●化学エネルギーと錬金術●X線の発見――最初の偶然●放射能の発見――二つ目の偶然●ラジウムの発見●ピエール・キュリーのノーベル賞講演●原子核の発見●原子の内部構造と“死のらせん階段”●原子核の構成要素――陽子の発見●長岡半太郎の“錬金術”●原子核の構成要素――中性子の発見●人工放射能の発見●核分裂の発見

第四章 核エネルギーの解放
●アインシュタインの書簡●E=mc²が語る驚き●核分裂の連鎖反応●真珠湾と新大陸●核分裂と核融合●古代の原子炉●『不思議の国のトムキンス』と物理定数●オクロの原子炉と微細構造定数

第五章 ミクロの世界を操るエネルギー
●反物質とエネルギー●ディラック方程式と空孔理論●空孔理論と反粒子●反水素原子の生成●不確定性原理とエネルギー●核力と中間子論●ドラえもんのポケット●水素原子のラム・シフト●光子のお手玉●ゆらぐエネルギー

第六章 宇宙と暗黒エネルギー
●豊饒なる真空●ビッグバンの根拠●漱石と真空●デカルトの渦動宇宙●永久機関と天動説●エーテルと光●エーテルの矛盾●ニュートンの神、アインシュタインの宇宙項●膨張をつづける宇宙●普通の物質と暗黒物質●宇宙の加速膨張●偏在する暗黒エネルギー

終章 エネルギー、過去・現在・未来
●北京原人と火●ドン・キホーテと風車●水力による十三世紀の自動機械●自然エネルギーと化石エネルギー●原子力の限界●宇宙はどこから生まれたのか?

関連記事
フィボナッチの登場、レヴァント貿易の隆盛、複式簿記の誕生、そして十六世紀欧州の数学革命
「科学者の不正行為―捏造・偽造・盗用」山崎 茂明 著
「日本の核開発:1939‐1955―原爆から原子力へ」山崎 正勝 著
ガリレオを擁護した囚われの魔術師トンマーゾ・カンパネッラ
リスクを判断することに関するメアリ・ダグラスの指摘

スポンサーリンク
スポンサーリンク

フォローする

関連コンテンツ

スポンサーリンク
スポンサーリンク