「ケーキの歴史物語 (お菓子の図書館)」ニコラ・ハンブル 著

ケーキの歴史は非常に古くて非常に新しい。現代人の我々が知っているような甘くて柔らかくてスポンジ状で、綺麗に生クリームやフルーツで飾られたそれが登場するのは十九世紀になってからで、それ以前のケーキとは全く違う。

古くは新石器時代のスイスの村落の遺跡で見つかった『つぶした穀物に水分を加えてかため、平らな円盤状にして――すべては推量の範囲をでないけれども――たき火の灰に埋めた石の上で焼いたもの』(P14)が最初のケーキだった。『何かを練ってパテ状の形』(P14)がケーキのルーツになる。

現代のケーキの直接のルーツは一つにはパンだという。ハチミツや牛乳などが手に入った時にパンを作る際にそれらとある種の脂肪分が加えられてケーキが誕生する。「平たい」というのがケーキとパンを分ける大きな特徴であったらしい。もう一つのルーツは卵と牛乳と小麦粉を混ぜて作られるパンケーキで、これが後にイーストにかわる膨張剤としての卵白の発見に繋がった。

膨張剤としての卵白の利用は十八世紀初頭のことで、以降十九世紀にかけて欧州に広まっていく。大量の卵白とバター、砂糖、小麦粉で作られるパウンドケーキが登場し、続いて1790年代のアメリカで木の灰から作られた真珠灰と呼ばれる炭酸カリウムの膨張剤が考案、1850年ころ、石鹸臭さが難点だった真珠灰にかわり現代のケーキ製造に欠かせない「ベーキングパウダー」が誕生する。

十七世紀半ばの英国ではすでに砂糖を使った衣がけ(アイシング)の技法が考案されていたが、砂糖の精製技術が大きく発展するのは十八世紀に入ってからのことで、十八世紀後半から砂糖製造の機械化が始まり粉砂糖が登場、本格的にアイシングされたケーキが登場する。

デコレーションケーキの開拓者は1784年に生れたフランスの菓子職人アントナン・カレームという人物だという。カレームは後にフランスの宰相・外相タレーランや皇太子時代のジョージ4世、ロシア皇帝アレクサンドル1世らに次々と雇われてその腕を振るい、彼の弟子たちがその技術を受け継ぎ、発展させた。十九世紀初頭はケーキの勃興期で、1832年、オーストリア宰相メッテルニヒの命を受けた若き菓子職人フランツ・ザッハーが生み出したのが有名なザッハートルテである。

現代でも結婚式で定番のタワー状になったウェディングケーキの登場は1858年、プロイセン王太子フリードリヒ(後のドイツ皇帝フリードリヒ3世)と英国ヴィクトリア女王の第一王女ヴィクトリアとの結婚式であったという。高さ2.1メートルに及ぶ三段構造のケーキだが、ケーキで作られていたのは一段目だけだったという。また、結婚式で定番のウェディングケーキに対する夫婦の入刀の儀式が始まるのは1930年代で、それは一般的に言われているような夫婦初の共同作業という意味では無く、『上段のケーキと塔構造を支えるためのアイシングがあまりにかたくて、とてもじゃないが簡単に切れなかったから』(P116)だったようだ。後々、そのような実際的な問題に、夫婦の初の共同作業という理由がつけられて、ケーキの製造技術の進歩により二人で切らずとも良い程度に柔らかくなっても続いてきたということらしい。

また、読みながらふと、マリー・アントワネットの言葉として語られる「パンが無ければケーキを食べれば良いのに」というエピソードを思い出す。これ自体は後世の創作で実際にはマリーがそう言ったという証拠が無いというのが定説だが、もし本当にそう言ったのだとしても、この本を読むと現代と当時との「ケーキ」の違いから、さほど悪気があったという訳でもなさそうな気はする。

当時のケーキはパウンドケーキやフルーツ入りのパンズ(現代、ハンバーガーを挟むパンとして使われる)、カスタードクリームが詰まったもの、またフランス北東部の郷土菓子マドレーヌなどで、確かにパンの代わりという印象の方が強い。もちろん宮廷では砂糖をまぶしたものや精巧なデザインの贅沢なケーキが登場し始めていたし、また、フランスでは専門の菓子職人が多数一般向けにも店を出店して、都市の人々にはパンやケーキは作るものではなく、買う物という意識の方が強かったためホームベーカリーの習慣が他国より薄かったというから、不況下では、民衆にしてみればパンも買えないのにケーキが買えるか、という話でもある。まぁ、何にしろ、実際に言ったのだとしたら?というifの話。

ケーキの歴史が様々なエピソードや図案・写真とともに紹介されているのでとにかくケーキが食べたくなる一冊だ。

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