「アルドノア・ゼロ」の火星カタフラクトの名前の由来まとめ

現在放送中(第一期2014年7月~9月、分割二クール予定)のロボット戦争アニメ「アルドノア・ゼロ」の敵方ロボット火星カタフラクトは名前がそれぞれ、ギリシア語・ギリシア神話を元にした火星の地形の名やギリシア神話の名が多く使われています。(実際天体に関する名称はその多くがギリシア神話由来ではありますが)その元ネタについての簡単なまとめです。

前記事「火星観測・探査の簡単な歴史」はこの記事の前置き用に書いたものでしたが、長すぎたのと、本筋とはあまり関係ないので分割しました。お読みいただいておくとこの記事の火星の地形関連の記述はよりわかりやすくなるかと思います。

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火星カタフラクトの由来

ニロケラス

初っ端からこれどうやって勝つの・・・と絶望感を与えてくれた火星騎士みんな大好きトリルラン卿のカタフラクト「ニロケラス」の元ネタは火星の「ニロケラス地溝帯 (Nilokeras Fossa)あるいはニロケラス斜面(Nilokeras Scopulus)」です。” Nilokeras ”(ニロケラス)とはギリシア語で” horn of the Nile ”(ナイルの角)を意味する語です。

火星の北半球、南東にテンペ大陸が広がる急斜面で、長さ765キロメートル、高さは最大2キロメートル、かつて水に恵まれていた時代に北のカセイ峡谷からの流水によって形成されたものです。落ちたら最期です。

アルギュレ

イケボで抜刀!の掛け声でお馴染みブラドさん操縦、銀色の機体のカタフラクト「アルギュレ」の元ネタは火星第三のクレーター「アルギュレ盆地/平原(Argyre Planitia)」です。” Argyre”(アルギュレ)はギリシア語で”silver”(銀)を意味する語です。

約四十億年前、小惑星が衝突した跡に広がる直径1200キロメートル、深さは最大2キロメートルに及ぶ平原となっています。衝突時に地下から流れ出た溶岩がクレーターの内部を埋めていますが、堆積層には水の氷が含まれている可能性があります。火星は約四十億年前まで豊富だった水が凍った水の氷と、二酸化炭素の氷(ドライアイス)の二層があり、そのほとんどは極冠にありますので水の氷は貴重です。衝突時はもしかすると流れ出た溶岩の熱と豊富な水とで水蒸気爆発が?

ヘラス

自在に飛ぶロケットパンチ、しかもわざわざ一つずつバビロニア神話由来の名前をつけて「我が眷属」と呼ぶ中二病っぷりが可愛い女騎士フェミーアンのカタフラクト「ヘラス」は火星第一のクレーター「ヘラス盆地/平原 (Hellas Planitia)」から。ヘラス盆地/平原は火星の南半球に広がる直径2300キロメートル、深さ6.4キロメートルの火星最大のクレーター跡で、やはり約四十億年前に形成されたと考えられています。

名前の由来は古代ギリシアの古名ヘラスから。古代ギリシア人は自分たちのことをヘレネスと呼び、自分たちヘレネスの住む国土をヘラスと呼びました。ヘラスもヘレネスも元はギリシア神話のヘレンにちなんで生まれたものです。ヘレンはデウカリオーン(デューカリオン)とその妻ピュラの息子で、プロメテウスの孫にあたり、デウカリオーンの箱舟が流れ着いたパルナッソス山を支配し、三人の息子アイオロス、ドロス、クストスがギリシアのそれぞれアイオリア、ペロポネソス、イオニアとアカイオイの民の祖となっていきました。

デューカリオンが降り立った種子島を支配するヘラス、という構図は偶然とは思えないのでおそらく火星の地名とギリシア神話と両方を踏まえた意図的なネーミングなのではないかと思います。

タルシス

出番が無いまま乗り手のクルーテオ卿が退場してしまったかと思いきや、スレインくんの主人公機になりそうなカタフラクト「タルシス」は、太陽系最大の火山地帯「タルシス台地/山脈 (Tharsis Montes)」からの命名です。

タルシス台地は経度250度の赤道付近にあり、標高27,000メートル太陽系最高峰のオリンポス山と標高18,100メートルのアスクレウス山、標高16,000メートルのアルシア山、標高14,000メートルのパヴォニス山のタルシス三山を中心にこれらの火山から流れ出た溶岩台地を形成しています。火星の様々な地形もこのタルシスの火山活動の影響を強く受けて形成されており、特にこのタルシスの重みで火星の重心はタルシスの方向に1.428キロメートルずれて、火星の自転運動にも大きな影響を及ぼしています。火星の中心と言っていい存在感の一帯です。

タルシスの名の由来はギリシア神話では無く聖書です。創世記でノアの箱舟から出たノアの息子の一人ヤフェトの子ヤワンの子の中にタルシシュの名があり、ノアの子孫で、聖書で度々言及される交易国家タルシシュの祖です。タルシシュについては『現在のトルコ地中海岸のタルススとする説とスペイン南部のタルテッソスとする二つの説がある』(タルシシュ – Wikipedia)と言われています。

ディオスクリア

一本筋の通った悪役ザーツバルム伯爵のカタフラクトでラスボスの風格漂うかっこいいデザインの機体「ディオスクリア」ですが、この名は火星の地形とは関係が無いようです。ディオスクリアの元ネタは紀元前六世紀頃、ギリシア人がコルキス王国(現在のグルジア)に最初に築いた植民都市ディオスクリア(現在のアブハジア自治共和国首都スフミ)のことです。

紀元前十三世紀頃に黒海沿岸に成立したコルキス王国はギリシア神話でも語られます。アルゴ探検隊の伝説では魔術使いのコルキス王女メディアを英雄イアソンがギリシアに連れ帰るも様々な災いの種となり、スキタイの女戦士アマゾンの国もコルキスにあったと言われ、アイスキュロスによれば火を盗んだプロメテウスが縛られたのもコルキスのカウカソス山でした。古代ギリシア人たちにとって軍事力に優れたコルキスは畏怖と憧憬とが入り混じった複雑な感情を抱かせられる地域でした。

しかしコルキスは紀元前八世紀ごろから諸外国の侵攻を受けて衰退し、紀元前六世紀からハカーマニシュ(アケメネス)朝ペルシアの支配下に入ります。このときギリシア人が交易の拠点として築いた最初の植民都市がディオスクリアでした。『ギリシア人にとってのコルキスは、古代ギリシアのことわざにある「最遠の航海」の果てに辿り着く、ギリシア社会が知る最も東の、日のいずる場所と考えられた。』(コルキス – Wikipedia)その後ペルシア帝国が滅び幾度か支配者を代えて紀元前一世紀、コルキス王国はローマ帝国により滅亡させられます。

また、タルシスとの関係として、タルシスの息子タルガモス(トガルマ)の子孫八人がコーカサス各種族の祖として別れたとも言われ(「コーカサスを知るための60章」P65)、また、最近の研究ではおよそ7600年前に黒海が地中海と繋がる地形変化があり、そのときの大洪水の記憶が後のメソポタミアやギリシア、聖書などの神話で語られる大洪水伝説の元になったとする説(ウィリアム・ライアン「ノアの箱舟」)もあります。

火星の地形とは全く関係ないディオスクリアという命名の理由と意味を色々想像したくなる背景です。

デューカリオン

ザーツバルム卿の亡き婚約者オルレイン子爵のカタフラクトにして、飛行戦艦の名でもある「デューカリオン」もまた火星の地形とは関係ありません。これはギリシア神話でもかなり有名な部類に入るお話であるデウカリオーン(デューカリオン)の箱舟から取られたものです。

あるとき、ついにゼウスは人類を滅ぼそうと決意するが、プロメテウスの子デウカリオーンは父の忠告に従いあらかじめ箱舟を作っていた。果たして大洪水が起きたとき、デウカリオーンと妻のピュラは乗せられるだけの動物を船に乗せて脱出。大洪水が止んだ後、パルナッソス山山頂に箱舟はあった。人類再生の方法を問うた二人にゼウス(あるいはアポロンの巫女)は「母の骨を後ろに投げよ」という。母の骨が大地の石であることに気付いた二人がそれぞれ石を後ろに投げるとデウカリオーンの投げた石は男に、ピュラの石は女になり、人類は再び栄えることになった。あるいは上記のとおり、彼らの息子ヘレンがギリシア人の祖になったという説もあります。

命名から浮かぶプロメテウス・箱舟伝説

ニロケラス、アルギュレはさておき、ヘラス、タルシス、ディオスクリア、デューカリオンについては非常に色濃くプロメテウスと箱舟伝説をなぞっているように見えます。何せ山ほどある火星の地形の名前「火星の地形一覧 – Wikipedia」から敢えて選ばれていますし、さらにいうとディオスクリアとデューカリオンは火星となんら関係が無いもので、火星のカタフラクトという設定より、その名前にすることの意味を強く主張しているようです。

あれだけ自民族優越主義をこじらせているのを見ると、機体には彼らがルーツと考えている火星の古代文明の言語なり神話伝承なりから取られるはずで、勿論火星の地名というのも充分にありだと思いますが、火星とは関係の無い名称、特にギリシア神話という彼らが敵対している地球人の少なくない人びとがルーツと捉えているような神話から使っているのはやはり不自然です。旧帝国海軍が艦名にビスマルクとかワシントンとか使わないように。十話でのザーツバルム伯爵の前皇帝批判の的確さを踏まえてもそのあたり製作者がわかっていないとは思えないので、やはり設定から逸脱しても使いたいストーリー展開上の理由・意味があったように感じます。

つまり、火を盗んだプロメテウスと超文明の科学技術アルドノアの類推、突然登場してきた飛行戦艦が箱舟伝説のデウカリオーン(デューカリオン)の名を与えられていること、デウカリオーンの子ヘレンのパルナッソス山支配とヘレンの名を由来とするヘラスによる無人の地種子島支配、古代ギリシア人が憧憬と畏怖の地に初めて築いた植民都市の名を持つザーツバルムの機体、スレインに与えられたノアの子孫にして交易国家であるタルシスの名を冠する機体、これらは設定の必然性よりもストーリーのメタファーとしての役割の方を強く与えられているように見えます。

どのような展開を辿るのか、(とりあえずザーツバルムさん大勝利の予感がするんですが)物語も佳境でかなり熱い展開になりそうですし、第一期の残り二話を楽しみにしたいと思います。

参考書籍・リンク
・松井 孝典 著「探査機でここまでわかった太陽系 ―惑星探査機とその成果― (知りたい!サイエンス)」(2011年)
・中村 浩美 著「火星 雑学ノート―人類は赤い星をめざす 火星ミッション最前線」(1997年)
・高柳 雄一 松本 俊博 著「火星着陸 (NHKスペシャルセレクション)」(1998年)
・ウィリアム・ライアン、ウォルター・ピットマン 著「ノアの洪水」(2003年)
・バーナード・エヴスリン 著「ギリシア神話小事典 (現代教養文庫 1000)」(1979年)
・西村 賀子 著「ギリシア神話 神々と英雄に出会う (中公新書)」(2005年)
・北川 誠一 他編著「コーカサスを知るための60章 エリア・スタディーズ」(2006年)
・日本聖書協会「小型聖書 – 新共同訳
火星の地形一覧 – Wikipedia
Nilokeras Scopulus – Wikipedia, the free encyclopedia
Argyre Planitia – Wikipedia, the free encyclopedia
タルシシュ – Wikipedia
コルキス – Wikipedia
ALDNOAH.ZERO

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