ベルセルク

漫画でも小説でも映画でも面白い物語というのはとてもプリミティブで、とても内面的だと思う。
この作品は丁度最初のターニングポイントになる”蝕”と蝕の模倣のイベントまでには読む人の無意識下にリンクするものがありますね。登場人物の誰もが持っている欠落部分を埋める存在としてのグリフィスが居て、グリフィスの影になる存在としてのガッツ(主人公)が居るという構成であり、それぞれが自分の不足を補完しあう依存関係が描かれているので、読む人を引き込んでいくのではないだろうかと思います。
そしてグリフィスの元から影であるガッツが去り、その後グリフィスは取り返しのつかないほどの喪失を経験しますが、それでも上に昇りたいという願望を叶えるためには(つまり成長するためには)、それでも残った自分の欠落を埋める存在たちを喪失する必要があったのでしょうね。いわゆるグリフィスの成長のためには極端な死と再生の過程を乗り越える必要があった。グリフィスの視点に立つとそういう象徴的な物語だと思います。
一方グリフィスの影的存在であるガッツ(裏を返すとガッツの影的存在はグリフィスですね)も蝕によって取り返しのつかないほどの喪失をして、喪失のままで彷徨う状態が描かれていますね。
グリフィスはガッツをはじめとした様々な人々の喪失の果てに一つの完成系的な個性を身に付けますが、ガッツは喪失のままで、喪失した状態で徐々に完成されていっているように感じます。
蝕と、蝕の模倣イベントまでは人間としての喪失と成長、死と再生的、広いようでとても個人的、内面的な展開であって、それ故にダイレクトに響いてくるんですが、それ以降はグリフィスはほぼ神格化されてしまっているし、ガッツも喪失した状態で一つの個性として、つまりグリフィスの影ではない状態になってきつつあるなぁと思います。
31巻時点ではガッツがかつてのグリフィス的な存在になりつつありますよね。ガッツの存在によってそれぞれの欠落を埋めようとする人たちの集まりというか。
一つの個性化の過程の物語をどうスケールアップして描いていくのか、神話的であるけども、神話ではなく物語であるので、結末が用意されるはずなんですが、どういう落としどころになるのかという二点が楽しみです。
恐らく大きなスケールでの死と再生、今、欠落しているものを持っている登場人物たちの喪失と成長を形を変えつつ描かざるを得ないと思うのだけど。
今後順次追っていくより、あと数年待って次の全体像が見えてきてから始めて読み進める方がいいかもしれないなぁと思いました。
こういう原始的、根源的な感情を揺さぶる物語はとても好きです。蝕までの展開は神がかったというか、作者に何かが降りてきているぐらいのクリエイティビティを発揮していて圧巻でした。
参考URL
・ベルセルク (漫画) – Wikipedia
Berserk Official Corner

ベルセルク コミック 1-37巻セット (ジェッツコミックス)

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