「タイムマシン」ハーバート・ジョージ・ウェルズ 著

ジュール・ヴェルヌとともに「SFの父」と呼ばれるハーバート・ジョージ・ウェルズによって1895年に発表されたSF文学の古典。タイム・トラヴェラーを自称する男の館で町の名士たちが集まっての晩餐会、タイム・トラヴェラーは自身が訪れた八十万二七〇一年の未来世界での冒険を語るというもの。

タイム・トラヴェラーは、終始、胡散臭い、信用置けない人物として描かれているのが面白い。誰も彼の言うことには眉に唾をつけているが、その一方でもしかすると・・・とも思っている。その絶妙な雰囲気が最高だ。一度目の晩餐ではタイムマシンの紹介に留め、新聞社の主筆が訪れた二度目の晩餐で、偶然未来から帰ってきた満身創痍の状態で現われタイム・トラベルの体験談を語り出すところの、”タイミングの良さ”がまた、にやにやさせられる。

タイム・トラヴェラーが語る嘘とも真ともしれぬ未来世界の人類は、文明の成熟と進歩の果てに争いの無い平和な社会を実現したのと引き換えに知性を衰えさせて幼児化したイーロイ人と、地底を住処として劣悪な環境の中で生きるうちに理性を失い獣化したモーロック人とに分離進化していた。

描かれているのは執筆された当時、十九世紀末の英国社会に対する風刺としてのディストピアである。イーロイ人は貴族階級の人々、モーロック人は労働者階級の人々がそれぞれ身分制度の中で進化した姿だ。

『階級間の溝が広がって行きつくところまで行くと、地上は「持てる者」ばかりが暇に任せて快楽と耽美に明け暮れる世界になる。「持たざる者」である労働者は地下に埋もれて、ひたすら強いられた環境に適応するしかない。そうなると、換気装置は命綱だから、法外な家賃を払わなくてはなるまいね。家賃が滞れば行き場がなくなってのたれ死にするか、澱んだ空気で窒息だ。中には虐げられて黙っていない異分子がいるかもしれないが、しょせんは例外で、反乱にはいたらず、悲惨な境遇を託って死んでいくだろう。それで全体の釣り合いが取れる結果、生存者は地底の生活条件に順応して、地上人種と同じように、暗黒世界なりに幸せでいられる。』(P87-88)

モーロック人はイーロイ人に労働を提供して彼らの生活を支えつつ、一方でイーロイ人を密かに捕えては殺しその肉を喰らっていた。争いも苦しみも無い平和な楽園世界の地下に広がる獰猛な獣たちの暗黒世界という構図を、タイムマシンという小道具を媒体に現代社会と繋げて描く巧みさに唸らされる。

『かつて人類は、同胞の労働を踏み台に安寧と快楽を貪って、横着の言い訳に必要の一語を旗印に掲げていたのだが、時いたってその必要が自身にはね返ってきたのだね。』(P109)

社会進化思想的、階級闘争的な世界観や、理性を失い万人の闘争状態にあるモーロック人の描き方から見え隠れする人種主義(ウェルズは優生学の支持者でもあった、と同時に平和主義者であり国際連盟の提唱者でもある)など、現代から見るとやはり百年以上の隔絶を感じさせられるところは多々あるが、最初から最後まで一気に読ませる面白さが確かにあって、時代性も含めてSF古典の魅力が詰まっている作品だと思う。

SFで一代ジャンルとなる「タイムマシン」ものの先駆であると同時に、やはり一大潮流となるディストピア社会を描いた作品であり、これまたSF作品で良くある人類が分離進化して対立しあったり階級社会を形成していたりという設定の走りでもあり、SF黎明期のエッセンスを思う存分感じさせられた。

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