イギリスのアンダークラスとは何か、その形成過程について

伊藤大一(2003)「ブレア政権による若年雇用政策の展開 若年失業者をめぐる国際的な議論との関連で」、同じく伊藤大一(2003)「イギリスにおける「アンダークラス」の形成 ブレア政権における雇用政策の背景」において、英国のアンダークラスとは何か、についてMacDonald.R.(1997)の説を以下の通り紹介している。

『「アンダークラス」とは、「社会的、経済的変化――特に脱工業化(de-industrialisation)――や、文化的行動諸パターンを通して、一般に正規に雇用された労働者階級や社会から、構造的に分化され、文化的に区別されるようになった階級構造の底辺に位置付く人々の社会グループないしは階級であり、かつ現在では、固定的に福祉給付に頼り、ほぼ永続的によち貧しい諸条件や地域の中で、生活するように限定された社会グループないしは階級のことである」』

統計上の失業者であると同時に、就業意欲の著しい欠如、反労働文化、反社会性、福祉給付への依存、これらの特徴が親から子へと世代間移転して永続的に続く状態にある階層・グル―プのことで、このような「アンダークラス」の英国での登場は1970年代、オイルショック以降のことだという。

第二次大戦後、1~2%台であった失業率はオイルショック後から急増して1983年には13%、失業者300万人を数えた。この背景として、製造業の解体がある。1971年に約760万人、人口の30%を占めていた製造業従事者は1996年には約430万人、約16%に低下。労働階級・中間層に安定雇用を提供していた製造業に代わって急成長したのは金融・サービス業であり、職種別にはフルタイムの製造業関連職種に変わって、管理職・専門職の高技能・高学歴・高賃金職種と保守・接客業等の低技能・低学歴・低賃金の不安定雇用職種との二極分化が起こる。

まず製造業に従事していた男性が排除されて失業者となり、女性が不安定雇用に従事して長期化する不況下で「アンダークラス」が形成されてくる。これを後押ししたのがサッチャー政権の福祉政策、特に住宅政策である。

サッチャー政権の福祉政策の特徴は「民営化(プライバタイゼーション)」である。あらゆる分野で政府部門・国有企業の民間への売却・運営委託と市場経済原理の導入がなされたが、その中でも急進的に進められたのが住宅部門であった。朴光駿「社会福祉の思想と歴史―魔女裁判から福祉国家の選択まで (MINERVA福祉ライブラリー)」(P288-289)によれば、サッチャー政権以前に公営住宅は全住宅の30%に及んだが、この売却と予算の削減を推し進め、住宅部門の国家予算は『1979~80年を100としたときに、1980~81年83.2、1981~82年53.1、1982~83年42.3、1983~84年46.4、そして1984~85年には45.3になっている』(P288)

公営住宅の売却では入居者が購入する際には最高60%の割引と金融支援が行われたが、これを購入できるのは経済的余力がある層に限られ、低所得者はむしろ不利益を被ることになった。特に売却予定の公営住宅からの立ち退きや家賃の引き上げ、家賃補助の削減などで、さらに公営住宅入居者がすなわち低所得層というスティグマの強化にもつながった。

労働市場の二極分化、福祉の削減とともに、アンダークラスを固定化しているのが教育問題である。十六歳の義務教育終了時に進学も就職もせず、職業訓練も受けずにそのまま「アンダークラス」化する新規学卒無業者が登場した。いわゆる「NEET」である。彼らは特定の地域、エスニックグループに多く見られるが、雇用状況に関りなくアンダークラス化する点で特徴的であり、ホームレス化や若年犯罪の温床となっている。これも新規学卒者の受け皿となっていた製造業の解体によって「学校から労働へ」のルートが消滅したことが大きい。

『労働市場の分極化が進展した現在において,多くの低学歴若年者に示される選択は,低賃金,不安定雇用,そして仕事の内容も単調なサービス業種に就業するか,それとも失業者として労働市場に参入するか,就労意欲を失い非労働力化するかである。』(伊藤大一(2003)「ブレア政権による若年雇用政策の展開 若年失業者をめぐる国際的な議論との関連で」)

1970~80年代に登場してきた英国のサッチャー政権をはじめとする新自由主義政策は巨額の財政赤字という行き詰まりを迎えた戦後福祉国家体制の打開の動きとして始まり、小さな政府を推し進めることでその延命を図ろうとしたが、一方で福祉削減による低所得者の切り捨てともなった。戦後の「完全雇用」をサッチャー政権は正規雇用と非正規雇用の二極分化によって体裁を保とうとしたが、長期の経済不況によって、大量の失業者と労働市場からも排除されたアンダークラスの形成という帰結に結びつく。

このケインズ主義福祉国家体制の行き詰まりを打開しようとした新自由主義体制の負の遺産の解決が現在の英国をはじめとする先進諸国の課題となっているものの、そこに大きな壁となっているのが、やはり長期の不況・経済危機であるというのが現状である、ということはあらためて理解しておく必要がある。受け皿となる産業を育成するためにはまず何より経済成長が必要であり、経済成長だけでは排除されたアンダークラスを労働に参加させることはできない。経済成長、産業の育成、社会福祉の充実、学校から労働へあるいは失業から雇用へというルートの再確立といった総合的な施策が求められながら、それを行うためには様々な障害があって実現には程遠い。特に現保守党キャメロン政権はサッチャリズムとは距離を置きつつも緊縮財政路線を崩さず、リーマンショックから失業率は2009年7.65、2010年7.85、2011年8.10、2012年7.95、2013年7.60と低下傾向にはあるものの高止まりしている(2000~08の労働党政権時代は4.75~5.73で推移:参考「イギリスの人口・就業者・失業率の推移 – 世界経済のネタ帳」)。この不満が、英国において、スコットランド独立運動の背景ともなっている点はあらためて指摘するまでもなかろう。

「アンダークラス」概念については統一した定義があるわけではなく研究者間でもまだ論争があり、また各国ごとに違いがある。英国とともにアメリカ、フランス、ドイツなどでも「アンダークラス」が大きな問題となっているし、近年、日本でも「アンダークラス」が誕生しつつあるという指摘は多くの論者でなされている。例えば橋本健二は日本でも、九〇年代以降の非正規雇用の増大による二極分化と低所得層の固定化を経て二〇〇〇年代に「アンダークラス」が登場してきたという(参考→「「「格差」の戦後史–階級社会 日本の履歴書」橋本 健二 著」。

であるならば、眼前の経済成長戦略の成否と社会福祉の整備・再編は向こう30年の日本社会が分断されるか否かを決める分水嶺となるだろう。ただ、新自由主義的政策の実行者は往々にしてこのような社会的不平等・分断を悪とは考えず、むしろ『活気ある社会づくりの必要条件』(朴P281)と考える傾向がある。社会を分断して特定の層からの強力な支持を受けて政権を運営するところにサッチャー政権やレーガン政権などの特徴があった。福祉国家は構成員を一つの国民に統合することで成立するが、新自由主義体制は国民を二つに分断することで推進される。国民としての権利を持つにふさわしくない人々がいる!というわけだ。上記のアンダークラス形成の要因となったサッチャーの住宅政策も、一方では安価に持ち家を持つことができた中間層からの熱烈な支持を受けた。

このような点で、日本においては今後も、経済成長戦略の成否にかかわらず、社会福祉の削減や社会的不平等・貧困の拡大と社会の分断は進むと捉えるのが妥当なのかもしれない。体制維持・福祉国家からの再編という観点からは支持基盤となる安定的多数の福利のために、少数を犠牲にし、あるいは特定の層を敵として排除することへのインセンティブは非常に高い。ゆえに、持続的経済成長と福祉制度の再編・充実、貧困と社会的不平等対策、労働市場の整備を唱える勢力が必要だと思うのだが、何故か経済成長と福祉の充実とは対立する概念のように捉えられがちで、残念ながら、いまだ見当たらない。

しかし、英国にしろ米国にしろ国民の分断政策のツケは非常に大きいように見える。あきらかに「大きな政府」から「小さな政府」への移行に失敗し、巨額の財政赤字は一向に減らず、方や国土の北半分を失わんとしつつあり、方や二大勢力の対立は妥協不可能な状態にまで陥り、たびたび国政が麻痺して、大統領はすぐにレームダック化する。一時的な効果はあっても、長期的にはより悲惨な結末に至る道のようにしか見えないのだが。

参考書籍・論文・リンク
・朴 光駿 著「社会福祉の思想と歴史―魔女裁判から福祉国家の選択まで (MINERVA福祉ライブラリー)
・金子 光一 著「社会福祉のあゆみ (有斐閣アルマ)
・岩田 正美 著「社会的排除―参加の欠如・不確かな帰属 (有斐閣Insight)
・橋本 健二 著「「格差」の戦後史–階級社会 日本の履歴書 (河出ブックス)
・吉田 徹 著「ポピュリズムを考える 民主主義への再入門 (NHKブックス)
・伊藤大一(2003)「ブレア政権による若年雇用政策の展開 若年失業者をめぐる国際的な議論との関連で
・伊藤大一(2003)「イギリスにおける「アンダークラス」の形成 ブレア政権における雇用政策の背景
イギリスの人口・就業者・失業率の推移 – 世界経済のネタ帳

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